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「遅い、よなぁ。やっぱり…」
机の上のデジタル時計が午前零時二分を示しているのを確認して、僕はふっと呟いた。
右手でシャープペンシルをくるくると回し、開かれた英語の参考書の空白に書き込まれた幾つかの英文の和訳、或いは深い意味を持たない個人的な呟きの数々を、左手の人差し指でとんとんとん、と、一定のリズムで叩いている。
「幾ら何でも遅過ぎる」
待てども待てども待ち人は来たらず。
自宅二階の自室で勉強しながら、僕は姉貴が風呂から上がるのを待っていた。のだが。
「先に使わせて貰うぞ」と言い、一階に降りるのを見送ってから、もう二時間が経っている。
そろそろ僕の我慢のリミッターが外れ掛かる頃合だった。こちらも早くシャワーを浴びて寝ようと思っていた所だった為、殊更(ことさら)に苛立ちは募っていた。
デジタル時計の表示の0と03との間にある〝:〟(コロン)がチカチカと点滅する、たったそれだけのことにさえ癇癪を起こしそうになる。
「やっぱり様子を見に行くか」と、僕はペンを置いて椅子から立ち上がり、
「いや、やっぱり女の風呂だし、やめとくか」と、思い直して腰を落とす。
勿論、僕は覗きという変態的な趣味趣向を一切持ち合わせていないが。
(幾ら家族とはいえ、っつーか、もう一緒に風呂に入る様なトシでもねぇし)
とは思いつつ、待たされる苛立ちは募るばかりだった。
「あー、くそ! いや、でも!」
くそと言っては立ち上がり、でもと言っては座り込む。そんなことを続けて、およそ三分余りも感嘆詞と接続詞と暴言とを並べ立てて唸り続けた結果、
「やっぱり待ってられねぇ!」
という結論(と呼ぶ程大層なものでもない)に達し、覚悟(と呼ぶ程以下略)を決めた。
生来気の短い僕が二時間も待ったのだから、これはこれで上出来だろう、と自分で自分を納得させ、僕は部屋を出て階段を降りた。
電気の消えた真っ暗なキッチンや居間の前を通り過ぎ、風呂場に着いてみると、オレンジ色の明かりが点いていた。が、擦りガラスの窓付きの扉の向こうに、人がいる様子はない。
「姉貴?」
扉の前で呼び掛ける。が、返事はない。
(まさか、逆上(のぼ)せてるんじゃないだろうな?)
「入るぞ」
一応断りを入れてカラリと扉を開け、脱衣所に入る。やはり誰もいない。
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