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と、内側の浴室の扉のガラスには、髪の毛の色の黒に混じって、あるハズのない赤と白の色彩が映っているのに気付いた。
(服を着てる…? 何で…? いや、まさか…)
一も二もなく、僕は勢い任せで浴室に駆け寄り、スライド式の扉を開けた。
そこには、確かに姉貴がいた。
但し、湯船の縁に横向きに傾けた頭を乗せ、膝を折り曲げて床に座り込んだ状態で。
背中を除く全身がずぶ濡れで、白地に花柄のワンピースは、薄桃色の肌にひたりと張り付いていた。
湯船に溜められたお湯は、真っ赤に染まっていた。
姉貴の長い黒髪が、その真紅き水面に広がり、ゆらゆらと浮かんでいる。
左腕はお湯の中に肩まで浸かり、右手にはカミソリが握られていた。
「姉貴…」
僕は靴下が濡れるのも忘れて、浴室に足を踏み入れた。
「ウソ…だろ…」
姉貴がそんなことをするなんて信じられなかった。
信じられはしなかった。
だって、この時姉貴は青春の只中に居たし、
それに、
「芝居(ウソ)、なんだよな?」
「ああ、ウソだとも」
その遺体は、いや、あたかも遺体であるかの様に見えた細い体躯は、声を発した。それは精神疾患から来る幻聴ではなく、心霊現象などでは勿論ない。
姉貴は倒していた首をひょこりと起こし、カミソリをバスタブの縁に置いて、空いた右手を首に当て、コキコキと小さく骨を鳴らした。
「この姿勢を維持するのは、思いの外重労働だったな。さて、どぅわ!?」
姉貴は折り曲げていた脚を伸ばして立ち上がろうとして、足が痺れたのか、派手に尻餅を着いた。
(しましま…)
濡れたワンピースが捲れて、偶然下着が覗いた。姉貴は慌てて起き上がってそれを隠し、再び痺れた足に身悶えする。
僕はその恥ずかしいやら呆れて物も言えないやら(嬉しくはない、ハズだ)の光景から目を逸らし、軽く咳払いをしてから、早い所本題に入らなければと口を開いた。
「また自殺の真似事かよ、姉貴」
言うと、今度は姉貴が僕から視線を逸らした。
「こ、これは真似事などではない。研究の一環なのだ」
「研究?」
「そうだ。この前テレビドラマでこういうシーンを偶然見てな、是非とも実演してみたくなったのだ。お湯を介して広がる血は、絵の具で再現してな。
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