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「一ノ瀬、大丈夫か?」
杉山は、心配していた。
目の前に胡座をかいて座る少年は、こちらに背を向けて静かに自身の母の遺影を見つめていた。
この少年 一ノ瀬 三知(いちのせ みち)は、杉山が教鞭を執る中学校の生徒であった。
「先生が泣きそうになってますよ」
振り返る三知の顔は、泣いても笑ってもいないいつもの仏頂面だ。母を亡くしたという悲壮感は、杉山には見つけられなかった。
それを杉山は心配していた。戸惑ってもいた。
長年教壇に立ってきたが、これほどまで感情の読み取れない生徒は初めてだったからだ。
あまつさえ、母を失ったばかりでなく父も三知が小さい頃に家を出て行ったらしく、親戚も一人もいない。文字通り天涯孤独に陥ってしまった14歳の少年には見えない。
普通なら、混乱し、泣き叫び、頼れる者を探すだろうに。
「こら茶化すな」
いつもなら学生時代柔道で鍛えた大きな身体にバランスのとれた厳つい声で叱るのだが、力の抜けた声になる。杉山自身もそれはわかった。
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