SNIPEⅠ~裏路地の喫茶店~

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対象者(ターゲット)だ。 この一瞬の出来事――男はスコープで覗いた光景の記憶を引き出す。 そして、素早く照準を戻した。 丁度、交差点のシグナルは赤に成っており、対象者の車が停止線の前で止まっていた。 「運が良いな……」 と、微笑みながら呟く。 トリガーに指を掛け、深く息を吐き長く息を吸う。 一定の空気を肺に溜めた事を感じ取ったら、呼吸を止める。 その時、シグナルは青に変わる。 対象者の車はゆっくりと動き出す。 風向き・風力、雨や湿気・距離、弾速から算出して照準を少し左に逸らす。 そして、トリガーを引く。 銃声が夜の街に響き、街の喧騒で掻き消される。 「ふぅ……」 男性は息を吐き、銃口を空に向けた。 ――硝煙が立ち昇る。 手早く分解し、アタッシュケースに仕舞い込み、鍵を掛ける。 それを手に提げて、ネクタイを緩めながら逃げるように展望台から去った。 其処から聞こえるのは、交差点を行き交う人々の遽しい声と街の喧騒を劈く悲鳴。 そして、後にはサイレンが夜の街に響き渡る。 この夜、居合わせた目撃者達は皆言うだろう。 ――「突然、車が壁に激突した」と。
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