あぶくたった

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 午後九時。  教職員も帰った校舎が聳えていた。  黒々とした窓ガラスは中に何か良からぬモノを内包しているようだった。  春の気紛れな風は冷たく、俺達の顔を無遠慮に撫でて行く。 「ここにすっか」 校庭の一角にだけ灯があり、その辺りは白く輝いていた。  俺と夏と冬、浩に柚希と達也の六人は、夜の校庭に侵入していた。 「まずは……夏冬兄弟、晴明桔梗書いてくれ」 木の棒を持って来ていた双子が柚希の指示に従う。 「はーい」 「大きさは」 「適当で」 「りょかー」 数分後、絵の巧い二人は綺麗な五芒星を仕上げた。 「じゃ、じゃんけんして負けた奴が真ん中な」 「最初はぐー、じゃんけん」 「ラッキー。一人負け」 俺以外がパーという奇跡に笑ってしまう。 「負けを喜ぶなよ」 「なんか買ったのに悔しいじゃん」 「あーつまんねーの」 「じゃ、真ん中に」 「分かった」 俺は五角形の所に蹲る。 「それぞれ、五芒星の頂点に立って、手繋いで。あ、ちゃんと歌詞覚えてる?」 「大丈夫大丈夫」 「意外に狭いな」 「っか、ガキん時以来で何だか恥ずかしいな」 「俺、なんかわくわくしてきた」 「俺も俺も」 「皆、心落ち着けて」 「ん……」 「おう」 「「はーい」」 「……」 僅かな沈黙、頭上で頷く気配がした。 「あーぶくたった にえたったー にえたかどうだか たべてみよう」 「むしゃむしゃむしゃ」 「まだにえない」 くるくると、周りを回っている。 「あーぶくたった にえたったー にえたかどうだか たべてみよう」 「むしゃむしゃむしゃ」 「まだにえない」 小学生ならともかく、変声期迎えた人間がやると、何だか変な宗教だ。 「あーぶくたった にえたったー にえたかどうだか たべてみよう」 「むしゃむしゃむしゃ」 「まだにえない」 「あーぶくたった にえたったー にえたかどうだか たべてみよう」 「カタカタカタ」 「なんのおと?」 「なべのおと」 「よかったー」 「カタカタカタ」 「なんのおと?」 「だしてくれ」 「あーぶくたったにえたったー おもしをのーせてみてみよう」 「ぐいぐいぐい」 「はよにえろ」 ――…………?  何故だろう誰かが、ふざけて本当に押しているのだろうか。  身体に嫌な重さがかかっている。 「あーぶくたった」 また、重くなった 「にえたった」 おい、ふざけんな。 「かたかたかた」 ――…………え? 「なんのおと?」 ゾワっと背筋に寒気。 ――……この先は、言ったら、まずい。 「おにのおと」 しゃがれた声が言葉を紡いでいた。
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