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ユートピアという理想が現実になる世界に唐澤麻霧は招待された。
一週間の精密な検査がやっと終ったかと思えば、わけのわからない機械の中に閉じ込められ、目が覚めたら自宅のベッドの上だった。アパートを借りて一人住まいをしているので、広くはない。最低限の生活ができる部屋だ。本棚には小説や漫画が隙間なく整理されている。テレビとデスクトップのパソコンは最新の製品で黒光りしている。壁には愛してやまないロック歌手のポスターが貼られてある。
間違いなく、自分の部屋だった。だけれど、注意深く観察すれば、間違い探しのように所々変なのである。例えば、本棚に並んでいる漫画。スラムダンクはずっと欲しいと思っていたが、金銭的な理由で持っていなかった。例えば、このパソコンはマニアが喜びそうな随分古いモデルだ。音もうるさい。――どうなっていやがる、と唐澤は戸惑ったが理解し始める。
「ここが、ユートピアっていうわけか」
世界中から優秀と判断された一〇二四人が招かれ、欲望の赴くまま気が済むまで遊んでほしいとのことだった。
テスト段階は殆ど済んでいて、修正するバグやトラブルなどはないから安心してほしいと科学者は説明していた。ユートピアをここまで完成させるのに何人の犠牲が出たのか、科学者は口に出さなかった。知らない方がいい事実がこの世にあるのは選考者たちも分かっているのでわざわざ質問する者はいない。
ユートピアの構造や理論を聴いて危険だと思ったら、断ればいいだけのことだ。しかし、集団で行われた講習会で離席する者は誰一人としていなかった。小難し話を聞き入っていた。
唐澤は欠伸をしながら聞いていたので、さっぱり覚えていない。死ぬ可能性があったとしても挑んでいただろう。遥か高みに。遥か先に。遥か速く。だけれど、あと少しで頂に立ててしまう。ペース配分を間違えてしまったようだ。日常に退屈していた。退屈で死にそうだった。やりたいことは四割完了し、残りの人生を照らし合せても、五〇年は無気力に生きていくのだろう。そう思っただけで、吐き気がした。
聞き流していたのだけれど印象的な言葉があったのを覚えている。
――人類はついに新たな世界を創ったのだ。
――それはつまり神に並んだことと同義である。
――ユートピアでは全てが叶う。
――強く望めばね。
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