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唐澤は起き上がる。至って普通だ。肉体的に変化は見られない。つまらな過ぎて舌打ちをしてしまった。もっと、劇的な変化を望んでいたのに結果がこれだ。世界中から選ばれた一〇二四人うちの一人として一週間、性欲を我慢してまで精密検査を受けたのにも拘わらず、めぼしい変化はない。
とりあえず、外を見たくて窓のカーテンを開ける。
そこで、唐澤は確信する。
――ここは、現実じゃあない。
――理想郷だ。
見慣れない風景が目に映っていた。知っているこの窓の景色とは、まるで違っていた。道なりも、隣近所の家も何もかも違う。
こんなものを見てしまったら、やる気が出てきた。抑えきれない。いても立ってもいられない。
「どうする? 俺。どうするんだ? 俺。まず、何をしでかしてやろう」
現実の世界で物理的に不可能と諦めていた夢が一気に溢れ出てくる。
「強く望めば何でも叶うんだよな。なら、まずやる事は一つだ」
少年に戻ったかのように、にやりと笑った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
全身を力ませ、筋肉が盛り上がる。同時に全身から強く光り輝くオーラのようなものが発せられた。頭部から足の爪先、指先に至るまでの全神経を両手の掌に集中させ、実体のないエネルギーを蓄えた。
これは全て唐澤の妄想だ。そんな感じがするだけで可視できるオーラは微塵も出ていない。だけれど、理想が現実になるなら、と幼少期ぶりに実践してみたのである。
「かめはめ波!」
掌の気を爆発させるように、叫びながら突き出してみた。しかし、僅かに空気の流れが生み出された程度で、何も起こらない。
「ふふ……この世界に気の概念はなかったようだな」
諦めきれなかった。
「じゃあ、今度はスタンドだ。いでよ、スター・プラチナ……」
台詞を吐いただけで時が止まる筈が無い。
「ふふふ……スタンドの概念もなかったようだ。……念はあるよな。念が無かったら俺は帰るぞ。小孔を開けばいいんだ……なにもおこらねえじゃねーか!」
この怒りをぶつけたくて、チェックの枕を空中に放り殴りつけた。殴ったところからヒビが入り、布製の枕は無残に砕け散った。
「なっ!?」
宙に舞う羽と砕けた枕を見て、唐澤は唖然とした。物理的に有り得ない光景をみてしまった。何度も殴ってきた枕だが、一度も突き破った事はないし、ましてや枕にガラスのように壊れるなんて考えもしなかった。
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