29人が本棚に入れています
本棚に追加
襲撃から5日目を数えた日の朝。
紫翳は、まだ夜も明けきらぬうちから起き出していた。
体が熱く、寝苦しい。
厨{くりや}の裏手にある井戸まで行って、頭から水を被った。
ひどく全身が重い上に、体の芯が熱い。
頭{かぶり}を振って滴を払い飛ばしながら、多少なりとも気だるさが紛れるのを期待する。
庭の手入れは、毎日せっせと猫目石がしてくれている。
花々の影に、雑鬼どもが身を寄せ合うようにして眠っているのを見つけた。
毛の塊が、呼吸に合わせて微妙に膨れたり沈んだりしている。
ふと視線を感じて振り向くと、猫目石が彼女に与えている寝室から顔を出していた。
紫翳の起き出す音を聞きつけて、目を醒ましたのだろう。
少し寝乱れた黒い髪が、なんとも言えず無防備なように見えてしまった。
「構わん。寝ておれ」
紫翳は言った。
己の声が掠れていることに気付く。
猫目石が裸足のまま庭に降りて寄ってきた。
小柄ながらに精一杯爪先立ちをして、背の高い紫翳の顔を覗き込もうとする。
己の不調は自覚している紫翳が身を離そうとすると、つられた猫目石がよろめいた。
咄嗟に腕を伸ばして支えてやる。
「気を付けろ。危ない」
猫目石が体勢を整えたのを確認してから、彼女を放す。
「私は部屋に戻る。お前は寝ていれば良い」
判断はお前に任せる、と言外に言い置いて、閨{ねや}に戻る。
疲労が全身に重くのしかかっていた。
この5日は、襲撃すらもなく静かに過ぎていた。
それ故、最も紫翳を消耗させる孔雀の臨戦態勢での顕現もなかったし、それであれば、孔雀が顕現しても消耗しない。
誇り高い孔雀は、紫翳を名で呼ぼうとはしないが、様子見のために神気を抑制しながら顕現することもしばしばだ。
それなら紫翳も神気に当てられないことを理解してくれている。
だとしたら、この疲労の原因は何であるのか。
最初のコメントを投稿しよう!