譚ノ參 陰鬱なる罠

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10日も姿を見ていない友の名を、勝手に引き合いに出してぼやく頃には、体勢が整っていた。 口の中で素早く呪文を紡ぐ。 足元に、晟雅を中心にして五芒星が現れた。 「──急急如律令」 最後の命令を聞き、術が発動する。 夜闇に乗じてざわざわと晟雅に迫っていた小さな蛇どもが、わっと散らされて消えていく。 吹き抜けた風は、蛇を灰にして吹き去った。 「良き判断だ」 「うおっ」 思いがけず間近で声がしたものだから、晟雅は驚いて振り返った。 いつぞや邂逅した二足歩行の蜥蜴が、またもや闇と半分同化して立っていた。 「なんだ、お前の術か、蜥蜴」 「返し方が些か派手なのは、お前と紫翳の違いか?」 「そんなこと俺に訊くな」 蜥蜴と紫翳が既知の間柄であるだけでも苦笑したいのに、蜥蜴が紫翳の性格をそこそこ分かっているのには呆れた。 「で、俺に何か用か?」 「お前の力量も、そこそこ高いものだと聞いておる故、実際どれほどのものか確かめようかと思うてな」 「そんなことのためだけに、仕掛けてくるな。乾も顕現のし損じゃないか」 約定の式神である乾は、主人に迫った危機を見かねて顕現したのである。 「悪かったな、乾。面倒だから、そのまま顕現しておけ」 「……御意」 「で、蜥蜴。俺の力量には、満足したのか?」 「我は紫翳以上に力のある陰陽師を知らぬ。故に我にとっては、紫翳こそが真の陰陽師だ。異端と呼ばれておろうともな」 「ただケチつけに来たんじゃないのか、お前? それなら、紫翳に相手をしてもらえば良かろう」 「もう10日も姿を見ておらぬ。何か知らぬかと思うてな」 「なんだって」 晟雅は軽く眉を上げた。 「お前も紫翳を見ていないのか?」 「も?」 蜥蜴が怪訝そうに繰り返す。 「では、お前も見ておらなんだか、宇山晟雅」 「ああ。あいつが出仕して来ないのはいつものことだが、過日のこともあるし、ちょっと心配でな」
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