迷いの美術室

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 芸術の秋、とはよく言ったものだ。  校舎の二階にある薄暗い教室に、絵の具独特の、まるで中毒になりそうな匂い。俺はパチリと乾いた音を立てて、照明のスイッチを入れる。  今日は美術部の活動は休みだ。人気のない美術室は、何とも言えない不思議な雰囲気を醸し出していた。窓からは木々を飾る銀杏の葉が、風に乗って踊っているのが見える。  実は俺、美術室に入るのは初めてなんだ。高校では美術の授業は選択しなかったからな。美術なんてめんどくせー、なんて思ってた。だけどさ、こんなに綺麗な景色を毎年見ることが出来るなら、美術を選択していたら良かった、なんて思えてくるから不思議だ。もしかすると、隣に零がいて、浮かれているせいかもしれないけれど。 「まずは犯人が来る前に、少し美術室を調べる」  そう言いながら、探偵モードの零は虫眼鏡を片手に、美術室をウロウロしだした。俺も変わったところはないか、調べ始める。  塗装が剥げ、ところどころ焦げ茶色の木材がこんにちはしている、幅広い机。まだ何も描かれていない真っ白なキャンパス。乾燥棚に置かれている絵は様々で、紅葉の並木道を走る新幹線や、色とりどりのシャボン玉、真っ暗な世界に、光を纏って降りてきた神々しい天使の姿……確かに見目麗しいが、俺は天使様よりも、側にいる零の方がずっと綺麗だと思う。 「翔太……」  そんなアホなことを考えていると、零が俺を呼んだので側に行く。  零は床にしゃがんで、虫眼鏡で何かを見ていた。目が真剣だ。その真っ直ぐな真剣さに、俺は何故か笑い出しそうになるが、そこはグッと堪える。 「これ、見て」  零が見ている虫眼鏡を俺も覗き込む。やべぇ、零にこんなに密着するなんて、小学生の低学年以来じゃなかろうか。心臓が爆発しそうだ。ドキドキハプニング、来たコレ。  心が半分、雲の上へと急上昇したままの俺の目に飛び込んできたのは、細くて、短くて、白い何かだった。 「何だ、これ?」 「おそらく、猫の毛だ」  率直な感想を俺が述べると、零はそう言った。そう言えば、零の家は白猫を飼っていたな、それで分かるのか。ちなみに、この学校に猫なんぞ飼っていない。それなのに、推定猫の毛は、一つの窓に向かってさらに四、五本落ちていた。まぁ、とにかくすごい観察力だな。
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