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「いや、せっかくだからドラゴンでも見て帰ろうかなと」
このように切り出したナギサさんは──。
……。
え、それだけ?
話はこれでお終い?
それを言い残した彼女は、これでもう話すことは無いとでもいうように、再び手元の木彫りへと視線を戻すのでした。
……。
いや、あの、何一つ見えて来ないんですが。
ナギサさんにとっては今ので完結してるんでしょうが、これまでの舞台裏を知らない私にとっては、何を言っているのやらチンプンカンプンなんですけど。
というかこの人、ドラゴンを見に行くみたいなことを言った? 休憩室でのあの第一声は、やっぱり聞き間違いじゃなかった?
「ナギサさんナギサさん。もしかして今、ドラゴンを見に行くとか言いませんでした?」
「ん、言ったけど?」
勇気を振り絞って確認した一言は、いっそ残酷な程あっさりと肯定される。
その言葉の持つ意味を、当人は何とも思っていない事がよく分かるシーンでした。
それだけで十分問題があるものの、あの時のナギサさんの台詞からすると恐らく……。
「あの、もしかして、大山脈に、私を連れて登山するつもりだとか?」
そんな馬鹿なと思いつつも、一言一言丁寧に、噛み締めるように呟く。この確認は、現実逃避しそうになっている自身に言い聞かせる意図も兼ねていたり。
ただ口にしているうちに、正しくその可能性こそが、どうも一番高いだろう事を意識してしまう。
え、私大山脈につれて行かれるの? 戦闘なんてまともにやった試しも無いのに。
魔技の空間移動で逃げ回る事以外、何一つ出来ない一般人なのに。
私に死ねと?
「うん、そうだよ。タイラントドラゴンって見てて面白いよ」
……この時点で、限りなく最悪に近い状況に追い込まれていることが確定。それからどうも、ナギサさんの話し振りを聞く限り、彼女は過去にタイラントドラゴンの棲息域まで足を運んだ経験がある模様。
あと、ドラゴンを面白いなどと言い張る人は貴女だけだと思います。
天真爛漫な笑顔を向けるものの、その実本来なら暴挙に近い提案をあたかも決定したものかのように述べる彼女には、私の憂いを感じ取って貰えていないのでしょうか。
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