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翌日、10時頃。
遅めの朝食を食べ終わり、荷物整理前の休憩を取っていた。
「あっという間だったね……。もう行っちゃうなんて……」
何やら思いっきり悲しげな声音を放ちながら、母さんは俺と竜一の前にコーヒーを置いた。
それから、俺の真っ正面の席に座って、捨てられた子犬のような目で見つめてくる。
「し、仕方ないだろ。他にも用事があんだし」
「うん……晴君、寂しくなったり、不安になったりしたらいつでも連絡してくれていいからね。お母さん、すぐ飛んで行くから」
「来なくていいから」
反射的に言い返すと、母さんの瞳により一層悲哀が込められた。ったく……。
「……前よりは連絡取るようにするから」
呟くように言うと、聞こえてなければいいと思う俺の淡い期待に反して、母さんは目を輝かせる。
そこまで喜ぶ?
「うん! あと、ちゃんとバランスよく食べるんだよ。勉強もいいけど、よく寝て、よく食べて、よく遊ぶんだよ」
「わかってるよ。ってか、俺は何歳だ」
ため息混じりに答えて、ふと気付く。竜一が微笑ましげに笑っていた。
「何がおかしいんだよ」
「いや、な……」
そう問い詰めると、すぐさま竜一は視線を逸らした。
今更ながらに竜一の境遇を考えると、俺と母さんのやり取りは羨ましいってことなのか。
申し訳ないような思いが一房、それでももう竜一に遠慮するつもりはないと再確認してると、竜一が姿勢を正して、母さんに向き直った。
「本当に……お世話になりました。ここでも思い出は一生ものの宝です。ありがとうございました」
言葉以上の想いのこもった台詞を、惜し気もなく語った。
母さんは一瞬、呆気に取られたようだが、すぐに笑顔になると、
「うん、私も一君と会えて嬉しかったよ。元気でね」
「はい……!」
母さんの優しげな返事に、竜一は素直に頷いた。その顔がどことなく、嬉しそうに見えるのは俺だけだろうか。
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