一之巻.一ツ目

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とはいえ、これは少々規格外だ。 桃瀬は困っていた。 桃瀬は普段、眼鏡をかけている。 目が悪いからではない。その逆で、見え過ぎないように少し視力を下げているのだ。 お陰で小さいモノや弱いモノ、人に近い形をしたモノに惑わされることが無くなった。 しかし、ここまで大きいと、眼鏡越しにでも嫌が応にも見えてしまう。 暗闇を煮詰めたような黒い一ツ目の巨人が、地響きを立てて歩いている。 200メートルほど離れているものの、その姿は月を覆わんばかりだ。 …どうしよう。 関わらなければ良いことは、経験上分かっていた。 だがしかし。 日頃から見慣れている異界の者どもと違い、一ツ目の巨人には、どうやら質量があるようだった。 何も感じないのが常の他人が、巨人が歩く度に「地震…?」「長くない…?」と口々にざわめき合っている。 巨人の姿は見えてはいないようだった。 セダンほどもある巨人の足が、地響きをたてながら車道を歩いて来る。 犬や猫が落ちつかなげに鳴いている。 彼らも感じてはいるのだろう。 宿題をしている最中に切れたシャーペンの芯を買いに出たついでに、夜食の肉まんとコーヒーを買って、コンビニから出てきた所だった。 時間は20時、それなりに人通りもある駅前の交差点だ。 「危ないッ!」 桃瀬は叫びながら飛び出した。 塾帰りなのだろう、小学生くらいの少女が、向かいに迎えの車を見つけたようで、車が来ないのを良いことに車道を渡り始めたのだ。 一ツ目の巨人の、丁度足元とも知らず。 間一髪、少女を抱えて車道を転がる。 周囲の人々は呆気に取られているが、少女は、何かが今自分が立っていた場所を踏みつぶしたことを敏感に感じ取ったようだった。 アスファルトから生えていた雑草が、無残に散っている様を凝視して震えている。
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