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「相変わらず、すまし顔だなぁ、泉君は。このこの!」
私はそう言って泉君の頭をぐりぐりとなでまわす。
「あ、洋子お姉ちゃんだ! いらっしゃい!」
廊下の奥から彩香が顔を出してこちらに突進してきた。彩香を体全体で受け止めるが、その勢いで二、三歩後ろによろめく。
「彩香ちゃんは今日も元気だね」
「うん! ほら、こっち。早く早く」
彩香に腕を引っ張られて奥の部屋に進む。
「お、よく来たね」
部屋の中では透さんがケーキの準備をしているところだった。
「お邪魔します」
頭を下げて挨拶をする。
「ね、ね。蝋燭買ってきてくれた! 私、洋子お姉ちゃんと一緒に吹き消すんだ!」
彩香がはしゃぎながら透さんの周りを走り回る。
「ちょっと、待ちなさい。隣の部屋の茶箪笥の引き出しに入ってるから取ってきてくれるかな」
「はーい」
彩香が楽しそうに隣の部屋に走っていく。
透さんがそんな彩香を見ながらしみじみと呟いた。
「君が、雨の中赤子を連れてこの家にやってきてからもう8年も経つんだね」
「あの時は本当にお世話になりました。いまでも透先生には感謝しています」
「いや、私にできる事はこんな事ぐらいだからね。彩香も元気に育っているしね」
「ええ」
「お父さん、蝋燭5本しかないよ」
隣の部屋から彩香が帰ってきて頬を膨らませていました。
「ああ、ごめんよ。足りなかったか。ちょっと買いに行って来るよ」
「あ、先生。私が行きますよ」
「いや、いいんだ。お客さんは座っていてくれ」
透さんは、そう言うと、手を振って玄関を出て行きました。
そして、そのまま帰ってきませんでした。
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