一寸先は闇

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 一ヶ月が過ぎた。いまだ一向に筆は進まない。新作は五つの短編連載をした後、単行本にするらしい。つまり一冊の本として完成させるには一年かかる。  一章の締め切りが後二ヶ月しかない。原稿用紙百枚程書いてくれといわれた。後二ヶ月で百枚を仕上げるのは難しくないが、それは書く内容があった場合だ。書く内容が全く思いつかない今の現状なら、二ヶ月は少なく思う。実際全く進まないまま一ヶ月が経っている。  書斎の天井を眺めていると、私の携帯が久しく鳴っていなかった電子音を立てる。佐藤かと思って画面を見ると、電話の相手は佐藤ではなかった。画面に表示されていた名前を見て私は一瞬戸惑った。  電話の相手は私の昔の友人、明石祐一だった。  電話にでると、昔から変わりない子供のような明石の声が聞こえてきた。明石の声を聞いたのは一年前、彼が私に馬鹿にした賛美を贈った時以来だった。  「やぁ、お久しぶり。一年振りだね先生」  「先生というのはやめろ。私は先生ではない」  「俺はなんでも先生と付けたい質なんだよ。大工だろうが医師だろうが作家だろうが、解った。昔みたいにコータローでいいな?」  私の本名は樋口幸太郎である。友人からはコータローやコウと呼ばれていた。  「いいよそれで。それで?いきなりなんで電話してきた?声が聞きたかったからという訳ではないだろう?」  「ああ、乙女ではないし、もう三十路なんでね。そういうことはしないよ。ひとつ頼みたいことがある」    そういって明石は遠慮も無く言った。  「俺の結婚式の祝辞でもしてくれないか?」
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