一寸先は闇

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 「作家にとって大切な事とは何だと思います?」  大葉さんにそう尋ねた。本来一般人にあまりこういう事は聞くべき事ではないのだろう。しかも私は現役の作家である。デビューして一年のヒヨっコ作家が、考えていいべきなのか?闇雲に小説を書き、どれか当たるのを試行錯誤しながら沢山書くべきではないのか?  「作家として大事な事ですか。そうですね、夫々あると思いますが、やはり、自分が伝えたいことを大事にすることではないですか?」  「伝えたい事……」  「家族愛や平和。道徳、信用、偽り、疑念、激情。幸福。そういう世界を構造する全ての事柄、人が大事にすべき事、それを伝えるために小説があると私は思っています。作家は、自分が伝えたい事を信じて書けばいいと思います」  大葉さんは屋台の油揚げを食べきった。これには店主もびっくりしたようで、新たに拵えるか?と尋ねたが、大場さんは「十分頂いたから大丈夫です。有難うございます」と言って狐面を元の位置に下げた。  勘定代にお金を置くと、大場さんは立ち上がった。  「それでは私はこれで、いつかまたお会いしましょう。新作楽しみにしてますよ」  「はい、有難うございます。新作頑張ってみますよ、いつかまた」  大葉さんは一度会釈した後、仙人のように静かに去っていった。
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