第1章 始

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-3- 夕空の下の市場は多くの店が出回り、夕餉の調達に勤しむ人々で溢れていた。 「お、アレンアレン」 市場を歩いていたヨウスケが、同じく少し前を歩いていたアレンのマントのフードを引っ張る。 首が締まり思わず後ろにつんのめりそうになって、アレンは友人の肩を咄嗟に掴んだ。 「……なんだよ……」 先ほどから幾度となく繰り返される動作のため、ゲッソリと諦めの混じる声でアレンは尋ねる。 「見ろよ、納豆だぜ!」 実際に光を放って輝かんばかりの顔で笑うヨウスケが言い終わるか終わらないかのうちに、アレンは即座に踵を返した。 しかし、力強く掴まれたフードがその動作を妨害する。 「なっつかしいなあ、ガキの頃は毎日のように食べてたんだぜ。さすが、豆料理が美味いだけあるな、まさか納豆もあるなんて」 顔を納豆に向けたままヨウスケは陽気に笑う。 その間も、アレンのフードはしっかりと掴んだままだった。 「んなもん毎日食べるなんて、拷問だろう……」 豆の発酵食品から必死に目を逸らしアレンはもがく。 視界に入れただけで、吐き気がしそうだった。いや、そろそろ首が絞まって本当に吐き気を覚え始めているのだが。 「まーたそんなこと言って。アレン、一度しか食べてないだろ。いいか?納豆っていうのはだな、長い間保存できる上に栄養満点、手間と時間をかけて作った分だけ、旨味が増すんだ。あのネバネバの凄さ知ってるかお前。本当に何が凄いって、菌を使って栄養と美味さを得ようと考え出した昔の人が凄いよなぁ」 「……あんな思いは一度で充分だ……」 蘊蓄を垂れるヨウスケの隣で、アレンはまだ逃れようともがいている。 正直アレンの思うところ、昔の人の凄いところとは、あれを食べようと思った勇気である。 というのも、アレンは幼少期にミナツカ家の食卓に出てきたそれを口にして以来、すっかり脳に納豆が恐怖の食物として刻み込まれたからであるのだが、ヨウスケにはどうしてもそれが理解できないらしい。 「まあったく。あの美味さが分かんないなんて、可哀想な奴だぜ」 「東洋人の味覚はどうかしている……」 アレンは逃げることが不可能だと漸く悟り、大人しくヨウスケの隣についた。 呟いた声は、今まで以上にゲッソリと疲れ果てていた。
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