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「兄ちゃん達、買ってくかい?」
唐突に野太い声がして、アレンとヨウスケの話が遮られる。
視線を下に移せば、その声の主は納豆を売っていた男らしかった。
小袋に入った多くの豆を大きめの麻の布に並べ、自身も布上に胡座をかいて座る男は、茶の髪と同じ色の豊かな髭の下で、目前の二人の少年にニッと笑ってみせた。
「あ、じゃあ一房……」
「買わないからな!」
手を伸ばすヨウスケを、アレンは半ば叫びながら必死に止める。
「じゃあほら、あれだ。飯食っちゃったお詫びとトラウマ完治の一歩としてアレンに納豆の贈呈を……」
「お前は俺の心の傷を抉りたいのか?」
自分の為のような理由を付けられても、心の底から嬉しくない。
アレンは納豆から離れるため、話題を即急に切り替えた。
「俺達は今、納豆より必要なものがあるんだ。……魔物がこの町に出ると噂を聞いているんだが……」
「いい情報があったら教えてくれよ、おっちゃん」
二人を交互に見やってから、男は「せめてお兄さんにしてくれよ」と頭を掻いた。
「兄ちゃんら、なんでそんなこと訊くのか解らんが、この町じゃ有名だぜ」
アレンはヨウスケを睨んだ。
有名だとよ、という念をしっかり込めて。
三時間近く聞き込みをしてグルメ情報以外何も持ってこなかった三人のうちの一人であるヨウスケは、気まずそうに目を逸らす。
「夜な夜な町を徘徊するんだと。俺は残念ながら、まだお目にかかったことはないが、見た奴によるとガリッガリに痩せた女の姿をしてるとかなんとか……」
「被害情報は入っているか?」
「ああ。夜に赤ん坊を連れて歩くと赤ん坊を拐われるとかで、今じゃ滅多に夜外で子供をあやしてる母親なんかいないぜ。お陰で毎晩、あちこちで夜泣きの声が酷いったら」
半分愚痴になりながら、男はうんざりしたように話す。
どうやら、この町では本当に魔物の存在は大きいものになっているようだ。
「あと、会った奴は不治の病にかかるとか、次の日死ぬ呪いが掛けられるとか、一文無しになるとか、子供ができなくなるとか、女に縁が無くなるとか……」
「ちょっと待て、関係なさそうなものまで魔物のせいなのか」
自分の指を折って話し始めた男を制して、アレンは小さく息を吐く。
噂というものは多かれ少なかれ、必ず尾ひれが付いて広がるものである。
しかし、有力な手掛かりが得られたと、アレンは内心微笑んだ。
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