20人が本棚に入れています
本棚に追加
-5-
「おい、どこら辺に出たって?」
「運河の近くですね。街中の、かなり入り組んだ……」
宿を飛び出たアレン達は、夕闇の中を疾走していた。
完全に日の落ちた空は、西の方にかすかに紫がかかっているだけで、もう夜とも呼べる時間帯になっている。
耳元の風を切る音に混じって微かに聞こえてくるフィルヴィアの言葉から、アレンは夜間余り使われることのない運河の選択肢を一つに絞りこむ。
今日市場を歩いた際に通ることのなかった細い運河だ。
人通りのない静かなところなど、魔物が彷徨くには打ってつけの場所だろう。
「近くに人の気配があります。余り魔物を刺激しないよう」
フィルヴィアの最後にして最も重い響きを持った警告に、アレンは小さく舌打ちした。
「……面倒な…」
「いたぜ、アレン!」
アレンより先を走っていたヨウスケが、張りつめた声を上げた。
彼は鋭い視線でその場を見遣り、指示を待つように一度アレンを顧みる。
しかし、突如上がった甲高い悲鳴に全員の視線は一点へと集まった。
「……い、いやぁっ……来ないでぇえぇっっ!!!」
半狂乱の声が闇の中に木霊する。
運河の畔に整然と並ぶレンガ造りの建物は、機械的にその悲鳴を反響させた。
狂ったように叫ぶ女の手には、まだ乳飲み子であろう赤子が抱かれていた。
「いあぁあぁ!お願い、お願いします、この子だけは!!この、この子だけは、……お願い…あ、ぁあ…っ」
嗚咽と喘息の混ざる悲鳴はだんだんと意味のある言葉を失い、女性は恐怖に目を見開いたまま赤子をただ抱き締める。
急き立てるように、女性の腕の中から張り裂けそうな泣き声が響いていた。
最初のコメントを投稿しよう!