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アレンは冷静に、女の視線を先へ辿る。
丁度運河の淵、黒光りする細い影がゆらりと蠢いた。
闇夜に慣れてきた瞳で次第に明瞭になっていく影を、アレンは見定めるように睨め付ける。
爛々と光る血色の眼、狂ったように開かれた口から覗く牙、唇からこぼれるはすすり泣きのようなか細い声。水に濡れた黒い髪は、乱れて肌に貼りついている。
そして。
「胴が……」
魔物の腰から下は、太い蛇のそれであった。
びっしりと下半身を覆う濡れた鱗は、体を捩るたびに夜の少ない光を乱反射させて、良く見れば短い二本の足が役目を為さず引き摺られている。
「……見るに耐えないというか……」
「……まあ普通の人が見たら失神ものね」
率直な感想を述べ合うヨウスケとイディアを尻目に、アレンは再び魔物に焦点を定める。
魔物の瞳がアレンの方を刺すように見た。
その眼には食欲と殺戮の意以外浮かんでいない。
理性の無さそうなその魔物も、殺意を感じてやっとアレンを敵と認識したようだ。
「…××…×××……」
人間の耳では聞き取ることのできない唸るような声を発すると、魔物は腰から下を重そうに引きずり始める。
ざりざりと、石畳と鱗の擦れる音がした。
「お姉さん、こっちよ」
イディアがそのうちに赤ん坊を抱いた女の手を引く。
からくり人形のように虚ろに場を眺めていた女は、彼女に引き上げられるようにしてやっとのことで立ち上がる。
「……××××……××……!!!」
獲物を取られることに怒りらしいものを感じたのか、魔物は赤い眼でイディアを睨んだ。
ゆっくりと緩慢な動きで、太い尾を振りかぶる。
イディアが息を呑んだ直後、魔物とは比べ物にならない程の速さで、彼女の腕が動いた。
「っ!」
乾いた音が空気を裂く。
「おいおい、突然ぶっ放すなよ……」
震える空気の余韻が夜の闇に溶け込むように消えていくのを待ち、ヨウスケが呆れを隠そうともせずに呟いた。
「片方でしか撃ってないわ。感謝しなさい」
銃口から立ち上る白い煙の奥で、イディアが魔物を見据えて鋭く言い放つ。
そして、手に収まるほどの銀の拳銃を、腿のホルスターに無駄のない動きで滑り込ませた。
彼女の両腿には常に黒いベルトが巻かれており、その両方に拳銃が収まっている。
いつもは長いスカートで脚を守っているが、戦闘時は動きやすいよう脚を露出し拳銃も取り出し易くなる。
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