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魔物がふいを突かれた蛇そのものに身を捩らせている間に、ヨウスケがイディアと魔物の間に躍り立った。
「姉さんよぉ。そりゃあ俺も、飯横取りされれば怒るけどさぁ…。……人間っつーのはちょっと悪趣味なんじゃない?」
アレンに悪戯を仕掛ける時と同じ意地の悪い笑みを浮かべながら彼が腰元から抜き出したのは、すらりとした片刃の剣。
闇に紛れこみそうな黒い刃を持つ、東洋の剣──漆黒の刀。
刀身が、いつの間にか東の空から上ってきた月の淡い光を受けて鋭利に輝いた。
「──……鵺[ヌエ]」
ヨウスケの静かな呼び掛けが引き金となるように、
甲高い咆哮が、夜の空を突き抜けた。
鵺。
それは、遠い異国の魔物。
かつて人々に禍をもたらしていたそれは、今や契約者との契約の元その力を奮っている。
つまり古の妖[鵺]は、今はヨウスケの従魔という訳だ。
アレン、ヨウスケ、イディア、フィルヴィアの四人は、それぞれ従魔を所有している。
「夜桜!」
ヨウスケの声に呼応するように、月光に照らされた刀身が薄紅に輝き始めた。
咆哮のみの姿を隠した魔物[鵺]は、今はこのヨウスケの刀[夜桜]に身を宿している。
薄紅の妖気を纏った夜桜を、ヨウスケは試すように一振りした。
振り払われた少量の妖気が、羽衣のようにたなびいて消える。
束の間の静寂の後、ヨウスケは強く地を蹴った。
瞬時に魔物の懐に入り込み、肩から腰にかけて大きく刀を引く。
魔物が身悶えるうちに、ヨウスケは引き下がり再びそれと距離を置いた。
「……浅い」
そして、刀を一振りして不満げにぽつりと呟く。
「で、お前は終始傍観してるつもり?」
ヨウスケの問い掛けに、アレンは彼に目を向けた。
ヨウスケもまた、刀を構えながら瞳だけでこちらを伺っている。
「……あいつが出る幕は、ないと思う」
アレンの応えに、ヨウスケは呆れたように肩を竦めた。
「そりゃどうも。誉め言葉として受けとるよ」
つまりアレンの言いたいことはこうだ。
『あれくらいの魔物なら、充分強いお前達で処理できる』
こう訳せば聞こえはいいが、アレンはただ単にものぐさなだけだ、とヨウスケは強く思う。
一人で突っ走ることが多いから頼ってくれるのは嬉しいが、頼りすぎもどうなんだ。
「ま、お前は俺らが手に負えない魔物への、最後の切り札だしな」
軽くそう流し、ヨウスケは魔物へと視線を移す。
しかし。
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