20人が本棚に入れています
本棚に追加
気管が圧迫されて、声を出すどころか呼吸さえままならない。
床に倒れた少年は、光の無い濁緑の瞳で、静かに広がる赤を眺めた。
そして、奥に横たわる塊を無表情で見つめる。
『かあさん』
その少年の唇が微かに動く。
『……どうして、うごかないの』
頭はまだ、何も理解していなかった。
ただ、体は痛みを正確に脳に伝え続ける。
その痛みは恐怖となって、小さな体を押し潰すようにのしかかってきた。
質素な服も、太陽の光を集めたような金の髪も赤く染めて動けずにいる少年の頭上で、場にそぐわない能天気な声が響いた。
「おいおい、どっちを連れていくんだよ」
呆れの混ざる青年の声。
眼球を動かして見てみれば、何事もないかのように屹立しているのは黒いマントを羽織った二つの影。
……こいつらが。
自分でも驚くほど冷静に、少年はそれだけを思う。
熱を帯びた傷口とは反対に、手足と頭は異様に冷えていた。
このままでは、意識まで霞んでいきそうだ。
「さあねぇ。陛下は『紅月(アカツキ)』を生け捕りにしてくるよう仰っただけだから」
もう片方の影から艶めやかな女の声が漏れる。
しゃんと落ち着いた、良く通る声だ。
「紅月って忌み子のことだろ?」
「なんだ、それなら簡単じゃない」
女の声が微笑む。
首を傾けたフードの中から、長い髪がさらりと落ちた。
ヒールの固い音が狭い部屋に響く。
床に倒れ臥した少年は、赤ばかりの視界の隅に女の履く靴の爪先を認めた。
少年の腕が強引に掴み上げられる。
無抵抗の子供の体は、容易に持ち上がった。
その時。
最初のコメントを投稿しよう!