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その後、何人か入客が続き、桜茶やシフォンケーキがどんどん無くなっていった。春樹は合間を縫ってケーキを焼いたりホワイトソースを作ったりと忙しい時間が続いた。十時ぐらいになり、少し落ち着いたところへお店の前に赤い軽自動車が止まった。見慣れないその車から降りてきたのはグレーのスーツを着ていて、長い黒髪を一つに結った黒目の大きい女性だった。その女性は急いで車の後方へ回り、トランクから発泡スチロールを取り出してお店の中に入って行った。
「あ、あのぅ…和菓子屋『鶯』の者ですけど…。」
女性はカウンターに立っている春樹に声をかけた。
「あ、こんにちは。ありがとうございます。こちらにお願いします。」
春樹はカウンターから出てきて手招きをした。女性はお辞儀をしながらカウンターの中へ入り、小さな箱の前で止まった。それは、冷蔵庫とは少し違う小さな、しかし丈夫そうな箱で、『和菓子用』と書かれた紙が貼ってあった。
「道に迷われたそうで、大変でしたね。ありがとう。発泡スチロールから出して、この中に入れてもらえますか?」
春樹は箱の蓋を開け、女性は『はい。』と言って作業を始めた。春樹はその間にサーモンのクリームパスタを作り、客席へと運んだ。そして焼きあがったシフォンケーキを冷ますためにそのまま逆さまにして並べた。女性は移し終わった箱の蓋を閉めた。
「あ、あの…今日は遅れてしまってすみませんでした。『鶯』でアルバイトをしている戸部です。」
そう言って、女性はペコッとお辞儀をした。彼女の名前は戸部 光里(とべ ひかり)。二十歳。現在短大二年生で、大学では言語を学んでいる。
「ここの店長のハルです。鶯さんの店長さんとは昔から知り合いで、一年前からお世話になっています。よかったら、何か飲んでいきます?」
春樹も会釈をしてメニューを差し出した。光里は『いいんですか?』と言ってメニューを受け取った。光里は桜茶をお願いしてカウンター席に座り、店内に置いてある写真を見まわした。
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