喫茶店『コスモス』

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 それから数か月前……  カランカラン…と扉が開く音がして、店のドアから三人の女性が入ってきた。三人とも黒いスーツを着て、髪の毛を一つに結わき、真新しい黒い鞄を持っていた。 どうやら就活生らしく、説明会の帰り道に立ち寄ったようだった。女性達は窓側の少し広めのソファ席に座り、手書きのメニューを見始めた。  ここは都心から少し離れた場所にある喫茶店『コスモス』。何年か前までは別のお店であったが、持ち主が引っ越してからは空き家になっていた。  内装はシンプルな木造デザイン。明るすぎない、黄色いランプが素敵な静かなお店。今時なアンティーク系の店内である。 席はカウンター席が六つにテーブル席が四つ、ソファ席が二つの小さな店内。その店内の壁や机の上には、色とりどりのコスモスの写真を中心に沢山の写真が飾られている。カウンターの中には青年が一人立っていて、白いマグカップを磨いていた。白いシャツに黒いズボン、可愛い蝶ネクタイをつけた黒髪の青年。  彼はこの店の店長であり唯一の店員でもある、風間 春樹(カザマ ハルキ)。二十歳。彼の胸元には、『店長 ハル』と書かれた名札がついており、常連のお客さんからは『ハル店長』と呼ばれている。  昨年の春にオープンしたこの喫茶店は、コーヒーだけでなく、様々な種類の紅茶やお料理、デザートまでおいている。お料理はサンドウィッチやパスタ、和膳を中心とした物がほとんどで、すべて春樹が作っている。それらの料理に入っている野菜のいくつかは、このお店の裏にある春樹が作った小さな畑で採れたものである。そのお料理目当てで来る常連さんも少なくはない。  また、デザートは洋物と和物の二種類を揃えていて、洋物は春樹の手作り、和物は都心にある知り合いの和菓子職人さんが特別にこのお店専用の和菓子を作ってくれている。  完璧に、このお店は春樹一人が経営し、接客からキッチンまで春樹一人で行っている。アルバイトを雇うほどお金に余裕があるわけでもないし、人手が足りないというほどの客足でもなかった。お客さんは決して多くはないが、春樹はこの場所を選んだことを後悔してはいなかった。  むしろ、この場所が良くてここを選んだ。人が少ないのも承知で、都会から少し離れたこの場所を。
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