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夕方にもかかわらず、まだ明るい初夏の空とは裏腹に、開かれた室内は薄暗く湿っぽい空気が充満していた。
そして強烈な異臭。
まさか、取り立てが怖くてゴミ出しもろくにしていないのか――と思うと、悲しくなった。
彼女をここまで追い込んでしまったのはほかでもない……おれなのだから。
そして、律儀に靴を脱いで玄関にあがる。
「野山さん。いるんだろ?」
念のため声をかけてみるが、返事はない。
ただ、赤ん坊の泣き叫ぶ声が、より大げさになって返ってくるばかりだ。
おれは妙な胸騒ぎに駆り立てられ、洗い物を済ませた可愛らしい食器の数々が几帳面にならべられた台所がある小さな空間から、彼女がいるであろうワンルームのドアを開いた。
「なんだよ……これ」
そこで目にしたものは、天井から吊されたロープで首を吊る野山恵美の姿だった。
重力に引っ張られた首が信じられないほど長く伸びきり、そこから力の抜けた身体がぶら下がっている。
まばたきをやめた彼女の瞳は、天井で閉ざされた遠くの空を眺めていた。
おれはただ、その現実味のない光景を前に茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
彼女の足下で黒く変色した汚物。初夏の気温で醗酵したこれが異臭の原因だろう。
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