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お店の開店時間は朝9時です。
カウンターの内側で、パンに挟む玉子のペーストを急いで混ぜていると、右側から話しかけられました。
「慶太さん。今日はモーニングのサンド、いくつ作るんですか?」
右斜め上に顔を上げると、目鼻立ちの整った長身の彼が、黒髪をさらりと揺らし、真剣に僕の手元を覗き込んでいます。
「みっつです」
「今日も弱気ですね」
「レタス一枚だとて、無駄にはできませんからね」
「大丈夫です。あとで俺が食います」
「捌けない前提で励まさないで下さい」
「私も食べます!」
左側から元気よく手が上がりました。
漆黒に艷めく髪をふわりとツーテールにした彼女が、黒目がちな瞳で僕を見上げています。
僕は眉尻を下げ、玉子のペーストを混ぜる手を止めました。
「お腹が空いているなら、君たちの分を別に用意しますよ。その間に、テーブルを拭いてきてくれますか?」
「はい」「はい」
ダスターを手にフロアに散った二人の男女。
うちの従業員です。
実は甥っ子と姪っ子です。
今年18になる一卵性の双子です。
店を譲り受ける際、祖父から、二人を雇うように言われていたのですが、二人分のアルバイト代を出せるほど、経営は潤ってはいません。
もう少し売り上げが出てから…と思いましたが、二人から「バイト代はいらないから働かせて欲しい」と頼まれました。
「いや、さすがにそういうわけには。お年玉はあげてるわけですし」
「バイト代とお年玉が肩を並べる不可思議は甘受するので雇って下さい」
あまりにも熱心に頼むものだから、時給500円で二人まとめて雇うことにしました。
冗談のつもりで言った500円がそのまま有効になってしまったので、かなり申し訳なく思っていますが、二人は気にしていないようです。
彼ら曰く「慶太さんに群がる悪い虫を即座に駆除する」為のバイト志願ということですが、渋谷や表参道のお洒落なカフェの方がよほど似合う、モデルのような美形兄妹に言われては、居た堪れない気持ちで一杯です。
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