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「おい、片付けたらすぐ荷物を移動させろよ」
朝食を終えて片づけをしていると、土方が声をかけてきた。愛希はゲッと思って顔を顰め、肩をすくめて土方を見上げる。
「……しなきゃだめですかねぇ」
「まあ別に隊士と雑魚寝でもいいんじゃねえか。万が一が起きて組にいられなくなるのはお前だし」
そう言われれば愛希も頭を抱えざるを得ない。ここを追い出されては行く場所もないし、せっかく置いてくれるという厚意を無駄にするのも嫌だし恩返しだってしたいのだ。
「でも……やっぱりこのタイミングで斎藤さんとこ行くのはちょっと気まずいですよ。これ以上迷惑かけるのも心苦しいし」
「たいみんぐ……? まあ別に斎藤も気にしてないと思うぞ。あいつあんまり喋らねーけど無駄なことはしねえ性質だからな。お前の世話だって無駄だと思ってるわけじゃねえと思うし、堂々と胸借りればいいんだ」
「胸借りるって……わかりましたよ」
(私なんかが行ったら、お荷物になるのは確定じゃん)
愛希がグッと唇を噛んで頷くと、土方はそんな彼女を、一体何を気にすることがあるのだろうかと不思議に思いながら見た。なんだかんだ言いながら人望も厚く器用な土方には、他人を頼ることに慣れていない愛希の気持ちはあまりわからなかったのだ。
「失礼します」
愛希が襖を開けると、斎藤は座って刀の手入れをしていた。ポンポンと打ち子を振るその姿は素早く正確で、手馴れていることがわかる。
「今日からよろしくお願いします」
頭を下げて荷物――といっても着物二着と刀しかないのだが――を持って中に入る。
「昨日はたくさんご迷惑おかけしてすみませんでした」
愛希はまず先に畳に額をつけた。面倒を見てくれる予定だったのに体調を崩し斎藤の予定を狂わせたうえ、口論までしてしまったのだ。そのままで接するには愛希の心が死にそうだった。
「別に謝る必要はない」
静かな声で言った斎藤に、愛希はホッと胸をなでおろしながら顔を上げた。しかしそのとき斎藤から厳しい視線が投げられる。
「お前が何を隠しているかは知らんが、俺は組に背くものや二心を抱くもののことは取り締まらなければならない。俺は……いや、助勤はこれから時にそういう役を担うこともある」
斎藤は手を止めて愛希を見据えるとそう言った。射抜くようなその視線に愛希は内心ぎくりとするも、肩をすくめて困った表情を作った。
「なんのことですか」
「俺としても、お前のことを斬りたいわけではないんだ。それに、お前の性格では一人で抱えておくのも難しいだろう。何かあるのなら最初に話してしまった方が得策だぞ。俺は情報を漏らさないように厳命されているからな」
平坦な口調でそれだけ言うと、斎藤は再び刀の手入れに戻る。なんだか物騒な会話だなと思い愛希はしばらく何もいえずにいたが……ふと、これが斎藤の気遣いなのだと気付いた。
もちろん組に不利益を成すなと言う忠告もあるのだろうが、それ以上に斎藤が言いたいのはきっと、何か隠し事をして疑われるくらいなら先に話して誤解を解いておけ、ということだ。なんだこのわかりにくい人、めんどくさ……と思うことは一切なく、愛希は身体に安心感が宿るのを感じていた。
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