第3章 防いでみせよう乱闘事件!

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「あっっっっっっっついですねー! 夕方だって言うのになんですかこの暑さ!」  着流し姿の軽装で隣を歩く沖田に、愛希は大きく頷いた。 「ほんっとですね。長旅に捕り物終えた後だと、更に疲れがくるというか」  愛希の休憩騒動があった後、気合を入れ、更に道端で原田が拾って来てくれた長い木の棒を杖代わりにして歩いたこともあり遅れることなく無事に大坂へついた。奉行所に挨拶に行き、さっそく皆で市中見回りをしたのだが、なんとすぐに浪士を数名捕縛してしまった。  早々に立ててしまった手柄に皆興奮しながら仮屯所で休んでいたのだが、夕方になっても涼しくならずうだるような暑さに耐えかね、皆で夕涼みに行くことになったのだ。  今は奉行所とのやり取りをしている近藤と井上を除いた総勢九名で歩いていた。結構な大人数で人目を引くものの、先頭を歩く芹沢は堂々と歩いており、なんだか小さな大名行列の気分だった。 しかし愛希は浮かれている場合ではなく、一瞬でも気を抜けない状況だった。そう、これから起きるのは大阪力士乱闘事件、芹沢の悪行の一つであり、通行の妨げになった力士と乱闘騒ぎになり死傷者を出す事件である。愛希はこれを見るために大坂出張に参加したのである。 (そういえば、斎藤さんって腹痛を訴えるらしいけど……大丈夫かな?)  前方を歩く斎藤を見るも、斎藤は原田と普通に会話しておりいつも通りに見えた。まあそこまで酷くもならないのだろう。 「水辺にいるだけでこんなに涼しいんですね」  水面を見つめながら愛希は呟いた。芹沢の提案で上流から船に乗って川下りをすることになったのだ。  隊士の皆は船のへさきの方で膝を突き合わせて談笑していた。意外にも起きたと芹沢は仲が良く、なんと子供好きという共通点があり話もよく盛り上がっていた。芹沢さん、子供好きなんか、と意外に思ったのは内緒である。 「あまりはしゃぎすぎて川に落ちるなよ」  しかしその中で、あまり饒舌に話す方ではないからと船の後ろ側、つまり愛希の隣に座った斎藤が静かな声で言った。いつも通りの声だったのではーい、と言って乗り出した体を戻したのだが、ふとなんとなしに斎藤の方を見て愛希は慌てた。 「大丈夫ですか? 具合でも悪いんです?」  斎藤は彼らしくもなく、いつもスッと伸びている背筋を曲げ、船べりに背をもたれさせていた。心配になって顔を覗き込むと、愛希は更にギョッとした。 「斎藤さん、具合、悪いでしょう、熱あるんじゃないですか」  斎藤は瞼を半分閉じ、見えているのかわからない視線を自分の手元に注いでいた。愛希と目を合わせるのもおっくうらしくぐったりしている。そして額や首筋に汗が浮かび、よく見ると本人がこらえようとしているものの、いつもより息が荒かった。  「……これけっこうやばいですね」  いやただの腹痛だったんじゃなかったんかい。こんな重症って聞いてねえぞ、と愛希は慌てて船の前方で談笑する沖田や芹沢の方へ知らせに行こうとする。しかし愛希が移動しようとすると、その手を斎藤が掴んだ。 「余計なことはするな」  首を振ってそう言う斎藤だったが、その力は明らかに常より弱い。愛希は優しく微笑むとそっとその手を離させた。 「大丈夫ですよ、無理はよくないです」  愛希は斎藤にそう一言声をかけると、船をひっくり返さないよう気を付けながら前方へ移動した。 「あの、すみません」  声を駆ければ皆一斉に振り向いた。愛希は一瞬注がれる視線に身をすくませるも、グッと腹に力を籠めると芹沢に向かって言った。 「斎藤さんが体調悪そうなんですけど、その、途中で下船とかできませんかね」  そう言うと、芹沢はすぐに眉を顰めると斎藤の方を見た。 「体調が悪い? 大丈夫か……と、大丈夫ではなさそうだな。船主! 次の船着き場で止めてくれ。それと、一人腹痛の者が出た故介抱できる場所はどこかないだろうか」  斎藤が首を振るのも無視し、芹沢は舟を漕ぐ船主に声をかける。船主は驚いた顔をしていたがすぐに考えると頷いた。 「へえ、次の鍋島岸からやったら、新町に住吉いう楼が、今日は空いとるはずです」 「ではそこに向かおう、皆、いいな」  芹沢がそう言うと、何人か不満の声を上げたものの概ね皆賛成し、それを見た船主は川岸へ舟を寄せ始めた。
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