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「色々あって琥太郎と別れる事になりました。
携帯を解約するので今までの連絡先は使えなくなります。
暫く出張に出るので帰れたらまた連絡するね。
設楽さんに琥太郎の事をくれぐれも宜しくお願いしますって伝えてください。
ご迷惑だと思いますが、力になってあげてください。
結婚式出られなくてごめんね。
帰ったら写真見せてね。
その時にまた改めてお祝いさせてください。
色々お世話になりました。
じゃあお元気で。」
別れた?
本当に?
あの2人が?
「晶さん、まさか、死んだりしないよね?」
「まさか!そんな事する筈がない!」
「だって!そんな長い出張とかある!?帰れたらって、帰れない事もあるの!?お世話になりましたって、お元気でって、なんか、もうさよならみたいな言い方・・」
「戻って来る。大丈夫だから。」
顔面蒼白な汐を抱き寄せてゆっくりと肩を摩る。
あの子は聡明な子だから、間違っても自ら命を絶つなんて事はしないとは思う。
だけど、2人の間に何があったのかは知らないし、その内容によっては全く無いとも言い切れない。
東馬に電話を!そう思ってポケットに手を伸ばしかけたが、腕の中で真っ青になっている汐を見てその手をもう一度汐に戻した。
事実確認は後でも出来る。
今は汐を落ち着かせる事の方が先決だから。
それにそれを聞くなら汐が一緒の時ではない方が良い。
何があったのか知らないが、その内容によっては汐を更に動揺させかねない。
「大丈夫。すぐ帰って来るよ。」
「もし一生会えなかったら?もし、晶さんに何かあったら?」
「あの東馬が晶ちゃんを手放す筈がないだろ?地獄の底まで追いかけて、必ず連れて帰って来るから大丈夫だよ。」
「でも、間に合わなかったら!?」
「晶ちゃんに限ってそんな事はしない。絶対に。」
「だって連絡先消していなくなるなんてそっちの方がおかしいよ!晶さんらしくない!」
「物理的に距離を置く必要があったのかもしれない。東馬は晶ちゃんの事になれば何を言っても聞かないところがあるから。」
「本当にそう思う?」
「思うよ。汐が一番良く分かってるんじゃないのか?鎌倉の晴子さんのところにお世話になってた時、そんな事思った?」
「思ってないけど、あの時とは違うでしょう?あの時はお互いの気持ちすらまだあやふやだったし。」
「俺はちゃんと伝えてたよ?」
「そうだけど、晶さん達みたいな、何処からどう見ても、誰が見ても、信頼しあって、愛し合ってる関係じゃなかったもの。」
「俺に、東馬の事宜しくって書いてある。こんな気遣いの出来る子が皆を悲しませる様な事する筈がないよ。」
「そう思う!私だって、晶さんはそんな事しないって思ってる!だけど、もし、万が一が怖いの!」
「晶ちゃんは人を悲しませる事はしない。それは俺よりも汐の方が良く分かってるよね?少し落ち着いたら東馬に話を聞くから。汐は心配しないで。」
漸く汐もこっちを見て小さくでもしっかりと頷く。
まだ顔色は冴えないが少し落ち着いた汐を見て恭も安堵のため息を漏らした。
とは言え、汐のテンションは下がったままだし、このまま続行などとても出来る雰囲気でもなくて。
資料だけ貰って早々に引き上げる事になった。
家に着くなり汐はソファーに寝転んでぐったりとしたまま。
ある日突然に姿を消した雛菊の事を思い出したのかもしれない。
あんな事があった今でさえも、汐は姉と慕った雛菊の事は恨みきれずにいるし。
友達が多い方ではないからこそ、数少ない心を許した人がこんな事になって心を痛めているのが手に取るように分かる。
そのまま寝入ってしまった汐に掛ける物を取りに寝室へ入った時、ちょうど良く東馬からの着信があった。
「設楽さん!汐ちゃんは!?汐ちゃんは一緒にいますか!?」
「東馬。何があったんだ?晶ちゃんはどこに行ったんだ?」
「晶は何て!?汐ちゃんに何かメッセージを残してませんか!?」
「お前と別れたから連絡先を変えるって。暫く出張で戻らないって。お前たちに何があったんだ?」
「俺も分からなくて・・帰ったら晶がいなくて、荷物もなくて、連絡も取れなくて。ただ幼馴染に戻ろうってメモだけ。」
「様子がおかしかったとかあるだろう?」
「無いんです!俺、あの週刊誌が出てからホテルにカンヅメで、今日帰れるから飯作って待ってて欲しいって晶に伝えて、晶もいいよって。ちゃんと飯作ってあって、ちゃんとリクエスト通りに作ってあって、だから、俺・・・」
「落ち着け!」
「俺、多分また気が付かなかったんです。晶がいつも通りにしてくれてたから、それに甘えて。」
「今更そんな事言って何になる?」
「何も・・・」
「とにかく落ち着け。冷静になって考えろ。俺も一度汐に逃げられた事がある。だから今のお前の気持ちは分かる。原因が分からないなら分からないでいい。落ち着いて、何が出来るのか、何をすべきか考えろ。」
「はい。あのっ!もし汐ちゃんに晶から連絡があったら!」
「大丈夫。知らせる。約束する。お前の事を宜しく頼む、力になってくれってメッセージに書いてあったよ。」
「晶が?」
「捕まえたらもう二度と手放すな。いいか?二度目はないぞ?」
「分かってます!」
「汐はショックで寝込んでるよ。お前のせいだからな!何か情報があればこっちにも伝えてくれ。場所さえ分かれば全国どこでも伝手はある。」
「知らせます!すみません。宜しくお願いします!」
東馬の様子からして現時点で何も情報がないのは明らか。
あの子がいる場所さえ分かれば、状況を確認出来る手立てはいくらでもある。
状況が分かれば汐だって安心するだろうし。
それに、東馬の気持ちは痛いほど分かる。
これからあの子の所在が分かるまで生きた心地がしないだろう。
あれは経験者にしか分からない。
禅が俺を助けてくれた様に、俺も東馬を助けてやる事ができればいいが。
眠っている汐にそっとブランケットをかけて、顔にかかった髪を直してやる。
この事が汐にとってどれくらいの負担になるか分からない。
いくら慕っている人でも所詮は他人事だからと割り切ってくれれば良いけど。
汐の性格上そうもいかないだろうし。
きっとプールに行く度に考えてしまうだろう。
やはり汐には少し休みが必要かもしれない。
結婚と襲名が重なれば妻の負担は大きいから気をつけてやる様にとアドバイスしてくれたご贔屓筋もいたし、何が何でも全公演に顔を出す必要もないのだから。
汐は嫌がるだろうけどキチンと言って聞かせて。
4月公演の挨拶は特別なお客様にご挨拶する日だけにさせよう。
早速母親に連絡を取って、ぐっすりと眠る汐のすぐそばで来場者リストを確認する。
東馬に言った言葉は自分にも言える事。
何が出来るのか、何をしなくちゃいけないのか。
汐にこれ以上負担がかからないように。
大切なものを二度と失わないように。
愛する彼女を守るのは俺の役目であり特権なんだから。
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