ただ虚しいだけの燕

6/6
前へ
/10ページ
次へ
やだよ、口の中パサパサするんだもん。 なーんて、言わないよ。鳩がようやく笑ったんだから、これ以上はきっといけない。素直に頷いてあげる。 パンなら、千切って鳥にでもあげればいいんだ。私みたいな紛い物じゃなく、本物の燕に。飛ばない燕よりきっとずっとお腹が空いているんだから。 「でも取り敢えず明日はスープ、また置いておくから。卵スープじゃないのがいい?」 「……ううん、それでいい」 「ん、“りょ”」 了解、という意味だと知ったのは最近のこと。 鳩は外に出て行くから、色々な知識を拾っては部屋に持って帰ってきて、親鳥が小鳥に餌をあげるように、私に言い聞かせる。こんなものがある、あんなものがあると鳩の言葉によって構築された外の世界は、騒がしくて仕方がないワンダーランドだ。余計外に出るのが怖くなる。 「世間知らず」になるよ、と鳩は一度私に警告した。 外に出させたがる鳩に対して私がごねていたとき、鳩は困ったような顔をしてそう言ったのだ。でも私には「世間」と「知らず」はわかったけれど「世間知らず」が何の忠告なのか分からなくて、 「それって親知らずと同じ「知らず」なの?」 と聞き返した。 ……支離滅裂な会話だったと思う。 なのに、頭を棒で強打されたような悲痛な表情が、鳩の顔にありありと浮かんでいたことが不思議だった。 「じゃあ夕飯だ。何食べたい?」 「……なに、も?」 「お前なぁ」 「嘘。……なんで、も」 「それ困る」 鳩の嗜好と照らせば明らかに地味すぎる真っ黒なエプロンを、彼は慣れた手つきで身に纏う。鳩のくせに烏みたいだ。 「んー、酢豚!は?」 「嫌。酸っぱい」 「えぇぇ…じゃあ生姜焼き」 「嫌。歯茎、痛くなるの、それ」 「んんんん……」 きゅっ、と寄った眉間の皺は、彼の見た目には全く似合わない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加