0人が本棚に入れています
本棚に追加
やだよ、口の中パサパサするんだもん。
なーんて、言わないよ。鳩がようやく笑ったんだから、これ以上はきっといけない。素直に頷いてあげる。
パンなら、千切って鳥にでもあげればいいんだ。私みたいな紛い物じゃなく、本物の燕に。飛ばない燕よりきっとずっとお腹が空いているんだから。
「でも取り敢えず明日はスープ、また置いておくから。卵スープじゃないのがいい?」
「……ううん、それでいい」
「ん、“りょ”」
了解、という意味だと知ったのは最近のこと。
鳩は外に出て行くから、色々な知識を拾っては部屋に持って帰ってきて、親鳥が小鳥に餌をあげるように、私に言い聞かせる。こんなものがある、あんなものがあると鳩の言葉によって構築された外の世界は、騒がしくて仕方がないワンダーランドだ。余計外に出るのが怖くなる。
「世間知らず」になるよ、と鳩は一度私に警告した。
外に出させたがる鳩に対して私がごねていたとき、鳩は困ったような顔をしてそう言ったのだ。でも私には「世間」と「知らず」はわかったけれど「世間知らず」が何の忠告なのか分からなくて、
「それって親知らずと同じ「知らず」なの?」
と聞き返した。
……支離滅裂な会話だったと思う。
なのに、頭を棒で強打されたような悲痛な表情が、鳩の顔にありありと浮かんでいたことが不思議だった。
「じゃあ夕飯だ。何食べたい?」
「……なに、も?」
「お前なぁ」
「嘘。……なんで、も」
「それ困る」
鳩の嗜好と照らせば明らかに地味すぎる真っ黒なエプロンを、彼は慣れた手つきで身に纏う。鳩のくせに烏みたいだ。
「んー、酢豚!は?」
「嫌。酸っぱい」
「えぇぇ…じゃあ生姜焼き」
「嫌。歯茎、痛くなるの、それ」
「んんんん……」
きゅっ、と寄った眉間の皺は、彼の見た目には全く似合わない。
最初のコメントを投稿しよう!