ただ優しいだけの誰か

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なーんてね。 と、呟いた彼は笑っていた。背景に血のような夕日を背負って、逆光の中、黒々と浮かぶ彼のシルエットは、確かに笑っていた、気がした。 全く君は、バカだよ。 少し気取った口調が、今はやけにすんなりと心に落ちる。今までずっと、フィルターで幾重にも濾してようやく飲み込めていた言葉の数々を思い出した。わたしはバカ。バカなのか。 わたしがバカなら、君だってそうだ。誰だってそうだ。みんなバカだ。バカじゃなくちゃいけない。バカばっかり。 半ばやけくそになって叫んだ言葉は大体そんな感じの意味を彼にぶつけていたと思う。否定するでも肯定するでもなく、ただ、彼は笑うのをやめた。 「結論、君は君なのさ」 君以上にはなれないし、君以外にはなれない。放置して腐ろうが叩いてうすく伸ばそうが甲斐甲斐しく磨いて輝かせようが、それは君以外に何も含まない、ただの君だ。 よく回る舌を囲む唇は少しも吊り上っていなくて、さっきまでの笑顔を、思わずかち合った視線の先に探してしまう。無駄だった。逆光の中、彼の瞳はどす黒い。 「気に入らないなぁ」 ようやく吐き出せた言葉は、彼の代わりにニヤリと吊り上っていた。
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