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「撫子!」
自分を呼ぶ声に撫子が振り返ると、そこには笑顔を見せた朝陽が立っていた。
撫子は『プレストン・アワー』のリポーターの仕事で、トライアウトの参加者たちにインタビューしているところだった。
白い細身のダッフルコートに、腰の長さまでの奇麗な黒髪。色白で華奢な姿は、「お前のような少女を日本では大和撫子と呼ぶんだ」と父親が嬉しそうに話していた。
ハーフだったが、クォーターと言われてしまうくらい、母親似なのだそうだ。
撫子は日本に長く滞在したことがなかったから、自分の名前の由来にもなっている大和撫子という言葉のイメージをうまく掴むことができない。
「……朝陽?」
撫子は驚いた表情で、朝陽を見つめる。
「な、なんで朝陽がこんなところにいるのよ」
「へへっ、驚いた?」
「驚いたよ……もちろん、びっくり」
「二年ぶりくらいか?」
「そうだよ……前に会ったのはハイスクールの夏休みのときだから」
「じゃあ、それくらいだな。なんだかずいぶんと久しぶりの気がするな」
朝陽は人懐っこい笑顔でそう言うと、撫子をじっと見た。
「な、何……」
撫子は朝陽に見つめられて、頬を赤く染める。
「いや、大人っぽくなったなって思ってさ。髪も伸びたし」
「そ、そりゃあ、もう19歳だし……」
「うん。奇麗になったな」
朝陽の言葉に、撫子は一気に赤くなる。
「そ、そんな歯の浮くようなことを言う奴だったかしら」
「この間までイタリアにいたから口が軽いのが移ったのかも」
「え? イタリア? 今日はどうしてここに?」
「決まってるだろ」
「え?」
「トライアウトだよ。オレも参加者だよ」
「え? だって、お母様は?」
「みんなそれ訊くよな。ま、親離れ、子離れだよ」
朝陽はそう言って笑う。
「この間クラブハウスに行ってアリスに同じ話をしたんだけど、聞いてなかった?」
「ううん、何も……」
言いながら、アリスがわざと隠していたのだと撫子は思う。
こうやって、驚かせようとしていたのだ。
撫子には母親の違うクールな姉がいたずらっぽく微笑む姿が思い浮かぶ。
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