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トライアウトは100m走に、筋力やジャンプ力などの基本的な運動能力を測るものからはじまった。
五人ずつ100mを走るときに、朝陽の隣には目つきの鋭い男が並んだ。
男は、朝陽に向かって不敵な笑みを見せる。
(このアジア人相手なら、いい結果を見せられそうだぜ)
目つきの鋭い男――サム・コリンズは、トライアウトではいかに自分をアピールするかが重要だと強く認識していた。
それには100m走であっても、一緒に走る相手に勝つ方がよいに決まっている。
そういう意味では、この東洋人なら大したことがないだろうとたかをくくっていた。
あなどっているわけではないが、少年のような童顔に見えるこの男相手だと、負ける気はしなかった。
「お前はどっかのユースからトップ契約にあがれなかったクチか?」
スタート地点に並んだサムが朝陽にそう話しかける。
「いや、違うよ。最近プレストンに引っ越してきたクチだよ」
朝陽の答えに、サムはさらにラッキーだと思う。
(引っ越してきて近くのクラブのトライアウトに参加したってわけか。ここにいる大半の奴がイングランド中から集まってきたっていうのにな。地元クラブの入団テストくらいの気持ちってわけか……へへ、悪ぃな、お前はオレの合格のための踏み台にさせてもらうぜ)
しかし、スタートの合図の号砲が鳴ると同時に、サムは虚を突かれることになる。
(なっ……)
最初のスタートダッシュで、朝陽は文字通りのロケットスタートを見せたのだ。
サム自身も自分でうまくいったと思うスタートだったが、その時朝陽はすでに一歩も二歩も先まで飛び出していた。
その後の加速も早く、そのままスピードを上げてトップでゴールする。
(めちゃめちゃ早ぇじゃねえか……)
周囲からどよめきが起こっていた。
ゴールしたサムの耳に、ストップウォッチを持ったコーチらしき人物が、「おいっ、いまの10秒89だってよ」と驚いたように話しているのが聞こえてきた。
もちろん、一緒に走った東洋人のタイムのことだ。
(これじゃあ、俺が引き立て役をさせられたってわけか……)
サム自身も二位でゴールしたが、驚異的なスピードを見せた朝陽を睨みつけるのだった。
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