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「今日の夜は…先約があるかもしれなくて、空けておきたいんだ」
不自然な日本語に津田の顔付きがきょとんとなる。
「営業のお客さん?」
「ある意味営業だったけど、その子に仕事の話をする気はなくて…」
「……」
「約束は別件っていうか、約束も確約じゃなくて…」
「『その子』?」
しまった、と顔に書いたように水上が硬直した。
『その子』呼ばわりだなんて。
自分より目上の人を指すには明らかに遣わない言葉だ。
年上相手にも、ほとんどは男性に対しての使用は控えられる。
「へぇ、可愛い女の子ナンパでもしたのー?」
からかったつもりで明るく投げると、水上は表情をさらに固まらせ、頬に僅かに紅をさした。
何て明瞭な、肯定。
「…そっかー、待ってる人がいるなら仕方ないね」
津田が微笑む。
水上からそれ以上の説明は畳まれて「悪いな」と一言だけが返された。
―――まるで鈍器で殴られたような。
思いきりではなく、低い位置からゆっくりと振り落とされたような衝撃。
どうしてショックを受けているのだろう。
笑顔と平静を努めた自分自身にも、だ。
努めなければ一体どんな表情と声になっていただろう。
「…あ、水上、ご飯は?」
胸中に渦巻く自問に黙り込んでしまっている事にはたと気付いて、津田は咄嗟に口を開いた。
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