報告書3:冬と春の境界線

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「今日の夜は…先約があるかもしれなくて、空けておきたいんだ」 不自然な日本語に津田の顔付きがきょとんとなる。 「営業のお客さん?」 「ある意味営業だったけど、その子に仕事の話をする気はなくて…」 「……」 「約束は別件っていうか、約束も確約じゃなくて…」 「『その子』?」 しまった、と顔に書いたように水上が硬直した。 『その子』呼ばわりだなんて。 自分より目上の人を指すには明らかに遣わない言葉だ。 年上相手にも、ほとんどは男性に対しての使用は控えられる。 「へぇ、可愛い女の子ナンパでもしたのー?」 からかったつもりで明るく投げると、水上は表情をさらに固まらせ、頬に僅かに紅をさした。 何て明瞭な、肯定。 「…そっかー、待ってる人がいるなら仕方ないね」 津田が微笑む。 水上からそれ以上の説明は畳まれて「悪いな」と一言だけが返された。 ―――まるで鈍器で殴られたような。 思いきりではなく、低い位置からゆっくりと振り落とされたような衝撃。 どうしてショックを受けているのだろう。 笑顔と平静を努めた自分自身にも、だ。 努めなければ一体どんな表情と声になっていただろう。 「…あ、水上、ご飯は?」 胸中に渦巻く自問に黙り込んでしまっている事にはたと気付いて、津田は咄嗟に口を開いた。
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