報告書3:冬と春の境界線

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見れば自分の腕を枕に、カウンターに顔を突っ伏している。 バーのマスターは津田と目が合うと『寝ちゃったね』とでも言うように首を傾げた。 トイレに行くつい数分前まではしっかりと意識があったというのに。 酒は弱い方ではなかったはずだけど…決算の時期だから疲れてるのかもしれないな。 そう思いながら、津田は水上の腕を掴み揺すった。 「水上起きて。ここで寝ちゃ駄目だよ」 場の雰囲気を壊さぬよう声を低めに落として、彼の顔を覗き込む。 「みなか…」 瞬間―――ドクン、と心臓が音を立てた。 併せて走る、電流が頭の先から全身に送られる感覚。 パーソナルスペースを晒け出した無防備な寝顔は、 (あの日と同じだ…) 全身に覚える既視感は、スタッフの噂のネタとなった日の夜に通じている。 忘却されていた記憶がはっきりと呼び覚まされた。 (僕はあの時…寝ている水上を見て…) 脳内で映像がクリアに再生される。 最小限のライトが点いた暗がりのフロア。壁沿いに設置された客席のソファー。 そしてソファーの背面にしな垂れて、寝息を立てるスーツ姿の水上。 試食と意見を彼に求めて、厨房から出ると広がっていたのはその光景。 長い睫毛が伏せられた彼を無言で見下ろした。 どれくらい眺めていたかは覚えていない。 崩れるように膝を折り、ただひたすらに眠る彼を視界に収めて。 ―――いつしか、泣いていた。
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