1792人が本棚に入れています
本棚に追加
水上を見やれば、まるで少年のように破願して腹を抱えている。
「水上、笑いすぎ」
「悪い。そんな風に周りが見ていたって思ったら凄い可笑しくて。
どうする?噂が消えるまで俺達距離置くか?」
「えぇーわざわざする事ないよ。そんなくだらないネタのために」
―――そうだ、これでいい。きっと最善な選択だ。
他人からの噂に混ぜ込んで、馬鹿な話の一つとして消化してしまえばいい。
全てを明かす必要は無い。
今の関係の持続が何よりの優先事項で、こちらの本心を吐露したところで余計な迷いを生むだけ。
最悪は、関係の崩壊と身の破滅が待ち構えているのだから。
「『その子』から連絡あるといいね」
帰り際、勝手口を跨ぐ水上に投げ掛ける。
「ああ。津田も、これから見つかるといいな」
津田はにっこりと目を細め唇を横に引いて、去り行く背中を眺め見送った。
「……は…」
独りきりになり、静まり返った厨房に渇いた声が落ちた。
―――大丈夫。どうってことない。
ほら。僕はこんなにも、きちんと笑っていられる。
だから、大丈夫だ。
季節は移り行き、振り返れば既にはっきりと境界を越えていた。
冬の気配は消えた。
春は確実に訪れた。
そして、親愛なる友のもとにも。
厳しい冬を耐え、歓びの春を迎えた彼に、心からの賛辞とエールを送ろう。
これからも傍らで、春の陽射しのように暖かく見守り続けよう。
それが自分が果たすべき使命の、“償い”の形なのだから。
fin.
最初のコメントを投稿しよう!