昭和20年7月

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将兵の体力は極度に消耗し、戦力は皆無状態となる。 全員病人だ。 遂にペグー山系脱出、敵中突破が決定された。 前面にはシッタン河を始め数本の難関が予想されたので、その対策が真剣に準備されるようになった。 自分は、ペグー山系に入る以前から渡河にはタイヤ、チューブ筏の使用を考えていた。 しかし軍は天幕二枚を使用しボートを作り、之を二ヶ連結した筏を作ることを繰り返し指導した。 軍の熱意に負け、自分も軍指導筏に同調切り替えた。
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