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肩ほどの高さがある防波堤が道路脇に続いていた。
防波堤を隔てた向こう側はごつごつとした岩場があり、その向こうには青と言うより極めて碧色に近い海が広がっている。
さきほどまで荒れていたはずの海が、今はすっかり静まり返っていた。
穏やかな波の音が、暑さの中に若干の涼しさを感じさせてくれる。
潮の香りを胸一杯に吸い込みながら、志穂は商店街への道のりを急いでいた。
何気なく海に目を向ける。
大きな岩の上から釣糸を垂らす子供の姿を見つけ、志穂はその場に自転車を止めた。
あれは、幼馴染みでクラスメートでもある、長岡修司の弟の勝だ。そしてその横には……。
(さっきの人だ……)
駅前で見かけた少年だ。
釣りをする勝の横で、どうやらポイントを教えているらしい。
志穂の視界の中、勝は次々と大物を釣り上げていった。
「知り合いなのかしら」
小さく呟くと同時に、少年がくるりと振り返った。
瞬間、志穂の背に冷たいものが走った。
遠目に見るその眼差しに、ひどく冷酷なものを感じたのだ。
「あ、志穂お姉ちゃん!」
勝が志穂に気づき、嬉しそうな声を上げた。
手を振る勝に、ためらいながらも微笑みを返す。
勝が何度も志穂を呼びながら手招きしている。
(怖くなんかないわよ。私らしくもない……)
依然として冷たい視線を投げる少年に怯えつつも、志穂は防波堤を乗り越えて勝の元に向かった。
勝が待ち遠しそうにこちらを見ている。
志穂は不安定な岩場を、両手でバランスを取りながら進んだ。
ささやかに揺れる海面に浮きが大きく引き込まれ、勝は慌てて体を海に向けた。
その時、
「あっ!」
ぐらつく岩に足を取られ、あっと思った瞬間に志穂は大きくバランスを崩していた。
「痛ぁ~……」
堅い岩に両膝を打ち付け、とっさについた手のひらがひりひりと痛む。
少し血が滲む手のひらをほろい、立ち上がろうとしたその時、うっすらとした影が体に被さるのを感じ、志穂はぎくりと顔を上げた。
「!」
目の前には少年が立っていた。
射るような眼差しに恐怖を覚えると同時に、志穂の中に一つの疑問が込み上げてきた。
勝がいる場所からここまでは、まだかなりの距離がある。
バランスを崩す前、ほんの数秒前まで、少年は勝の傍らにいたはずだ。
瞬きさえ忘れて少年を見上げる。少しも表情を崩さずに、少年が無言で手を差し出した。
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