第1章 1ー3

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「あ……ありがと」 何かに操られるが如くその手をつかみ、口からは抑揚のない声が漏れた。 「兄ちゃーん!また釣れたよー!」 勝の嬉しそうな声が響いた。 少年は肩越しに勝に頷くと、すぐに視線を志穂に戻し言った。 「歩けるか?」 低く無愛想な声。 志穂は上目遣いにその顔を見上げで頷いた。 (悪い人じゃなさそうね……) 自分を気遣ってくれているのだろうか、時折振り返りながら勝の元に歩く少年を見ながら、志穂は思った。 海辺にたどり着いた少年に、勝はたった今釣り上げた魚を自慢気に差し出した。 「だめだ、戻せ」 強い口調。 勝は不満そうに口を尖らせた。 「もっと大きくなってからまた釣ればいいだろ。戻してやれ」 勝は残念そうに頭を垂れたが、すぐに納得したように魚を海に放した。 そして、 「見てよ、志穂お姉ちゃん。これ、全部僕が釣ったんだよ」 勝の横にある魚が入ったバケツを見て、志穂は目を丸くした。 かなりの大物が溢れていた。 驚きで声も出ない志穂の横で、勝は腰に手を当ててふんぞり返っていた。 「兄ちゃんが魚がいるとこ教えてくれたんだ。この兄ちゃんすごいんだよ!うちの父さんやあんちゃんだってこんなに釣った事ないのに!」 口早に話す勝の横で、少年が何やらデニムの後ろポケットをまさぐっている。 そして。 ジッポーライターの金属的な音が聞こえ、志穂ははっと我に返った。 少年の方に顔を向けた途端、その目を煙草の紫煙が突き刺した。 じわりと涙が滲む目をしばたたき、少年に目を移す。 (この人、私と同じくらいの歳なのに) 持ち前の正義感が頭をもたげ、そう思った瞬間に志穂は少年を睨み付けていた。 「あの……」 怒鳴り付けてやろうと意気込んだはずなのに、その口からは意思に背いた遠慮気味な声が出ていた。 少年の視線が志穂を捕らえる。 志穂は大きく息を吸い込むと、意を決して、しかし消え入りそうな小声で口早に言った。 「あなた、未成年よね?煙草なんて吸っちゃ、だめじゃない」 いい終えて視線を宙に流す。 少年が口元だけで笑った。 「気が強いんだか弱いんだか、判んねぇ奴だな。それより、こいつお前の弟……じゃねぇよな、神田志穂」 突然名前を呼ばれ、志穂は少年に目を向けた。 名前を知っている? この人とどこかで会っただろうか。 必死に記憶の糸をたどる。 しかし、志穂には思い出す事ができなかった。
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