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「誰……?」
頭の中で呟いた言葉が、思わず口から漏れる。
一瞬、少年が自責とも自嘲ともつかぬ笑みを口元に浮かばせた。
「覚えてるわけ、ねぇよな……」
釣針にエサをつけて二人の話が終わるのをじっと待っていた勝が、待ちきれずに少年の顔を覗き込んだ。
少年は手にした煙草を口にくわえると、ぐるりと海を見回して一点を指差した。
「今日はそれで終わりにしとけ」
そっけない口調に、勝の顔がみるみる不満そうになっていく。
「そんな顔すんなよ。それ以上は持って帰れねぇだろ?また今度。な?」
表情とは裏腹の優しげな言葉に、勝は納得したように頷いた。
少年がスポーツバッグを持ち上げた。
一体誰なのかはっきりさせなければ落ち着かない。
それを確かめるべく志穂が口を開きかけたその時。
「綿貫皇太」
少年が粗暴に言い放った。
「ワタヌキ……?」
「俺の名前。お前には何度か会ってる。ただし、ガキの頃だけどな」
少年……綿貫皇太はそれだけ言うと、勝の頭を大きく撫でて歩き出した。
「ワタヌキ、コウタ……」
ゆっくりと名前を反芻してみる。
しかし、どんなに考えても、志穂には少しも思い出す事が出来なかった。
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