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「一体どんないわくがついてるっていうのよ」
自転車のペダルを力任せに踏みつけ、志穂はぼやくように言った。
海岸で勝と別れて商店街に戻った志穂は、店先で品だしする父に綿貫皇太の事を聞いた。
すると父は、
「わ、綿貫……?!」
と小さく声を上げてしどろもどろに志穂から視線を逃がした。
「その人、子供の頃に私と何度か会ってるらしいの。でも全然思い出せなくて……」
「そ、そりゃそうだ。17年前に引っ越して行ったきりだからな」
即座に返った父の言葉に、志穂は眉を寄せた。
「ちょっと待ってよ。それじゃあ私、生まれたばかりじゃないの。覚えてるわけないわ」
「あ、ああ。いや、まぁ、色々といわく付きの話があってな。いずれ町の人達から話を聞かされるだろうが、お前はその子と仲良くしてやってくれ」
父は急に忙しそうに動き回りながら答えた。
何かを隠してる。
そう思った志穂は改めて父に問いかけた。
「お父さん、そのいわく付きの話って……」
「今度は神社に配達だ。今日はそれで終わりだから頼んだぞ!」
まるで言葉を遮るように言い、父は自転車ね荷台に野菜の入った段ボール箱を結わえ付けた。
そそくさと店の奥に入っていく父に不満の眼差しを向ける。
しかし、この様子では詳しく話してくれないだろう。
聞こえよがしに諦めの溜め息を吐き、志穂は渋々と自転車にまたがって神社へとこぎ出した。
そして今、神社へと続く緩い上り坂にさしかかっている。
「まっ、たく、何、隠し、てん、の、よ!」
ペダルを踏む足の動きに合わせて文句を言う。
緩い右カーブの坂道を上りきった志穂は、前方……神社の石段のたもとに立つ人の姿に慌てて自転車を止めた。
綿貫皇太だ。
自転車を降り、皇太の後ろ姿を見つめながらゆっくりと歩く。
皇太は石段の前でほんの少し歩調を緩めたが、すぐにその先へ歩き出していた。
どこへ行くつもりだろう。
この先には高校があるだけだ。
皇太を背後から見送り、段ボール箱を持って石段を駆け上がる。
境内の奥から吹く湿った潮風が頬を優しく撫でた。
広い境内をぐるりと見回す。
地面に敷き詰められた白い玉砂利に、雲の隙間から発した陽の光が強烈に反射した。
昔はここで、幼馴染みの修司と遊んだものだった。
真正面に建つ神社。その左側にある、神主が住む小さな平屋。
もう10年以上もここは少しも変わらない。
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