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「会ったわ」
と、つい言ってしまい、慌てて両手で口を覆った。
視界の中で、神主が目を細めて笑っていた。
「ごめんなさい。でも多分そうだと思うの。綿貫皇太って人でしょ?」
「なんじゃ、もう会っとったのか。それなら紹介する手間が省けたわい」
「今日はあの人に3回も会ったわ。さっきも石段の下にいたわよ。学校の方に歩いて行ったわ」
「学校?なら、わしも急いで挨拶しに行かねばならんな」
(挨拶?)
志穂は目をしばたたかせ、首を傾げた。
「月曜日から志穂ちゃんと同じ学校に通う予定じゃ。まぁ、ひねくれ者だか仲良くしてやってくれ。根は悪い奴じゃない」
悪い子じゃない子が煙草なんて吸うだろうか。
喉まででかかった言葉を、志穂は慌てて飲み込んだ。
月曜日から同じ学校に通う?
再来週には夏休みに入るというのに。
「どうして今、転校なんて……」
「さぁなぁ。あいつの考えている事はわしにはよう判らん」
神主の後ろを歩きながらぼんやりと言った志穂の言葉に、神主は呟くように返事をした。
平屋の中に入っていく神主を見届け、志穂は鳥居の傍に置いた段ボール箱を取りに駆け出した。
その時、背後からけたたましい電話のベルが鳴った。
(あの人が神主さんの孫だなんて……)
いつも優しい神主さんとは似ても似つかない。
志穂にはどうしても信じられなかった。
段ボール箱を持ち上げて平屋の方へ向き直った志穂は、思わずぎくりと身を固くした。
平屋の玄関から、神主が鬼の形相でこちらに突進して来るのが目に飛び込んで来たのだ。
「ど、どうしたの、神主さん?」
志穂はおずおずと聞いた。
「あの馬鹿、早速やらかしおった」
「な、何を?」
「ケンカじゃ。今、学校で大暴れしとるそうじゃ。すまんが志穂ちゃん、まずはあの馬鹿を止めに行かねばならん」
神主は口早に言うと、慌てふためきながら石段を駈け降りて行った。
「……あっ!神主さん、私も行くわ!!」
しばし呆然としていた志穂は、ある事を思い出して叫んだ。
確か今日は、修司が学校に呼び出されていたはずだ。
担任の高橋が特別授業をすると言っていた。
学校嫌い、勉強嫌い、おまけにケンカ好きの修司が、今朝、高橋に引っ張られるように店の前を通って行った。
風のように走り行く神主を、志穂は慌てて追って行った。
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