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(呼んでいる……)
薄暗い夜行列車、浅い眠りの中にいた少年はぼんやりと呟いた。
少年の瞼の裏には、強烈な光を背にした女性の姿があった。
軽くウェーブがかかった長い髪。しなやかに動く指先……。
1ヶ月ほど前だったろうか、彼女が夢に現れるようになったのは。それも、決まって浅い眠りの時にだ。
彼女が何者なのかは判らない。しかし、少年にとってそれは問題ではなかった。
自分を呼んでいる。
なぜかそんな気がしてならなかった。
(誰だ?なぜ俺を呼ぶ?)
陽炎のように揺れ動く彼女に問いかける。しかし、彼女は何も答えない。
目の前の光が一瞬、瞬いた。そして、彼女はまるで吸い込まれるように光の中に姿を消していった。
うっすらとした意識が、次第にはっきりしてきた。
少年は虚ろな眼差しを列車の窓に向けた。
ただの一つの光さえ見えない。多分、海沿いを走っているのだろう。
ふと、窓に映る自分と目が合い、少年は憮然として舌打ちをした。その顔が余りにも憔悴していたからだ。
真っ暗な外界が、出口の見出だせない感情を嘲笑っているように思えてならない。
「冗談じゃねぇぜ……」
微かな声で毒づく。
列車は少年の生まれ故郷へと向かっていた。
青々とした海の美しさしか取り柄がないような寂れた港町。少年にとって、最も行きたくはない所であった。
そんな所へ、なぜ行こうとしているのか。
そんな疑問の中で思い浮かぶのは、夢の女性の姿だった。
行かなければならない。そこで彼女が自分を必要としている。
そんな気持ちが漠然と沸き上がったのだ。
ゆっくりと時間が過ぎていく。
海と空の境目がうっすらと見て取れるようになってきた。
岩場が続く海岸線を列車は走り行く。
爽やかな朝の海を、エサを求める鳥たちが飛んでいる。
その彼らが空腹を満たし、己の安息の場で翼を休める頃、少年は生まれ故郷へとたどり着いた。
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