第1章 3ー2

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セミの鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。 志穂は山の麓の住宅街に向かって自転車を走らせていた。 中学校以来の親友、佐々木法子の家に向かっているのだ。 「やだ、約束の時間過ぎちゃった」 幼い頃から聞き馴染んだ正午のサイレンを耳にして、焦れたように呟く。 約束はお昼ちょうど。 だが、買い物客で賑わう店の手伝いをしているうちに、出るのが遅くなってしまったのだ。 力一杯ペダルを踏みつける。 この先の十字路をこえて100メートルも走れば、法子の家にたどり着く。 道の角で左右を確認した志穂は、右手の数メートル先に皇太の姿を見つけてとっさに自転車を止めた。 高い塀が続く道。 皇太はその塀を、虚ろな目で見上げていた。 塀の向こうは墓地だった。 皇太が立つ辺りがちょうど入口だろうか。 皇太の横顔をじっと見つめる。しかし皇太は気づく事なく、やがて墓地の中へと歩き出した。 (遅れついでだわ。明日、修ちゃんとケンカにならないように釘を刺しておかなきゃ) ふと思い立ち、志穂はお寺の入口に自転車を止めて皇太の後を追った。 広い墓地の中、一つの墓標の前で立ち止まった皇太は、デニムのポケットから一枚の紙を取り出してしゃがみこんだ。 その紙はどうやらセピア色に変色した写真のようだった。 (お参りが済むまで待った方がいいかな) 邪魔にならぬよう木の陰に身を潜める。 皇太はしばらくじっと動かずに写真を見つめていたが、やがてそれを墓標に立てかけて深い溜め息をついた。 皇太の視界の片隅。 そこには風に揺れる小さな花があった。 皇太は緩慢に手を伸ばすと、その花を根元から折って墓標に供えた。 「花くらい買ってくりゃ良かったな。悪いな、オフクロ。今まで墓参りにも来なけりゃ、気を利かす事もできねぇ……。出来の悪い息子だよな」 抑揚のない声で言いながら、皇太は昨日の事を思い出していた。 長い夜の旅を終えて、やっとたどり着いたこの町で待ち受けていた、駅前でのあの冷たい視線……。 「奴らの目、17年前とちっとも変わらねぇ……」 皇太は生まれて間もない頃の事さえ、鮮明な記憶となって残っていた。 (俺が何をしたっていうんだよ……) 「馬鹿野郎が……!」 きつく拳を握り唇を噛み締めて小さく怒鳴ったその時、突風が墓地の中を駆け抜けていった。 「え……?!」
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