第1章 4ー2

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「やだ、大丈夫?!保健室に……!」 「大袈裟だな。放っときゃ治る」 志穂の体を自分から離し、皇太はボールが当たったらしい左肩を回しながら答えた。 突然の出来事に騒然とした生徒達がやがて何事もなかったように歩き出す。 野球部員達を一瞬睨み付け、皇太もまた踵を返した。 やはりこの人は悪い人ではない。 と、志穂は確信した。 だらしなく歩く皇太の後ろに駆け出す。 自分の横に並んだ志穂を、皇太はちらりと窺い見た。 「……何だよ?」 「本当に大丈夫?ありがとう」 心配そうな志穂の声に、皇太は視線を宙に泳がせた。 おもむろに、志穂は皇太の目の前に写真を差し出した。 「あ……!」 小さく叫んだかと思うと、皇太は慌ててそれを奪い取り、気まずそうな目を志穂に向けた。 「優しそうなお母さんね。綿貫くんてお母さん似だわ」 穏やかな口調に、皇太は耳を疑った。 怪訝に眉をひそめ、じっと志穂の瞳の奥を見つめる。 志穂は改めて笑いかけた。 「お前、俺が」 恐くないのか? そう言いかけた時、グラウンドの奥の林からバイクの高い排気音が轟いた。 修司だ。 修司はグラウンドを蛇行しながら正門に向かっていた。 数人の教師が制止の声をあげながら玄関を飛び出してくる。 彼らを嘲るようにアクセルをふかし、修司は皇太の傍らにバイクを止めた。 「よっ、皇太、乗ってけよ!」 「いいよ。野郎と2ケツなんてしたかねぇよ」 バイクの排気音が騒々しいため、2人の声は必然的に怒鳴り声になる。 教師達にはそれが言い争いに見えたらしい。 ケンカはよせ!と言いながら、全力でこちらに向かっていた。 「おお、やべぇやべぇ。追いつかれちまう」 修司は教師達をちらりと見ると、高い排気音を残して走り去って行った。 「長岡ぁぁぁぁぁ!!止まれぇぇぇぇぇ!!」 教師達の声が、皇太と志穂の横をドップラー効果を引き起こして通りすぎていく。 「あいつ、元気だな」 呆気に取られた声音が、誰に言うでもなく皇太の口からもれ、志穂はすかさず「バカなだけよ」と答えた。 皇太は戸惑ったように志穂を見ると、消え入りそうな声で言った。 「お前、恐くないのか?見たんだろ?俺の髪と目が……」 「見たわよ」 途中で遮り、志穂はきっぱりと言った。 「ただの特異体質でしょ。あんなの、世の中探せば何人かはいるわよ」 「……いねぇよ」 若干笑いを含んだ口調で皇太は切り返した。
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