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高校の職員室の中、デスクに広げた数枚の書類に目を通しながら、高橋は不思議そうに首を傾げた。
書類には、週明けに転入してくる生徒の経歴が事細かに記されていた。
綿貫皇太、17歳。本籍はこの町になっている。
「どうしてこんな中途半端な時期に……」
訝しげに呟く。
向かい合わせに席をおいた老教師、平田がその声に顔を上げた。
「月曜日に転入予定の生徒ですよ。あと1週間過ぎれば夏休みだっていうのに」
高橋はそう言いながら、書類を平田の目の前に広げて見せた。
「それを見た限りじゃ、特に問題児ってわけじゃなさそうですけど、その転校の回数は異常じゃないですか?高校入学から1年余りで14回だなんて」
「問題児だよ。違う意味でね」
思いもよらず神妙な声が返り、高橋は怪訝な目を平田に向けた。
「その子は元々この町の生まれでね、17年前に一騒動あって町を出て行ったんだが、言い伝え通りに戻って来たか……」
「言い伝え?なんです、そりゃ?」
高橋は目をしばたたかせ、興味深そうに身を乗り出した。
「聞いた事がないか?この町に伝わる『蒼き髪の日子』の話を」
「ああ、前にちらっと聞いたような」
「天津神、黒き翳りに身を潜め、雷神猛る不穏の刻、おびただしき海鳥に導かれ、禍もたらし日子、現つ世に生まれ出ずる」
唐突なまるで呪文のような言葉を、高橋は呆けた顔で聞いていた。
「言い伝えの最初のくだりだよ。その子が生まれた時、まさにそれと同じ状況だったんだ」
高橋は苦笑した。
そんな言い伝えなど信じられるはずがなかった。
「いやだなぁ。ただの言い伝えでしょう?」
「だがね、言い伝えでは済まないような事があったんだよ」
平田の顔は至って真面目だった。
高橋はその表情に、半信半疑ながらも次第に話に引き込まれていった。
「何があったんです?」
さらに体を乗り出し、声を潜めて問う。
平田は回りに人がいない事を確認すると、
「その子の母親は、出産と同時に亡くなっているんだよ」
と言った。
高橋は首を傾げた。
その話のどこに問題があると言うのか。
平田はその心の内を悟ったようにさらに続けた。
「その亡くなり方に問題があるんだよ。彼女は妊娠から出産までに、それまでの体重の半分を失った」
「なんですって?」
「腹が大きくなるにつれて痩せていったんだよ。その子が生まれた時、まるでミイラのようだった。それに……」
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