昔話

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 ある日のこと、親友は荒れ狂う海に船を出そうとした。漁師が行くのをやめるよう迫ったが、こういう日こそ、若者の身が危ないと言い、構わず船を漕ぎ出した。  その結果は明白だった。この時代にコンパスもない。救命器具もない。救難信号を送る為の道具だってない。船だって、貧弱な木造の小舟。荒波に耐えられるはずもく、翌朝、親友の遺体と一緒に浜に打ち上げられているのが発見された。親友は若者を行方を知ることなく、帰らぬ人になってしまった。  若者の両親に引き続き、親友まで命を落としてしまった。 「何ということだ。この分では、もう若者は・・・」 「そんな訳ありません」  落胆する村人に若者の死という事実を否定する凛とした声が聞こえた。そこに、まだ諦めていない女性が一人いた。彼女は、若者の許嫁であった。若者と同い年で、村でも一番の美人。許嫁は諦めようとはしなかった。男と違い、海に出ることはできない。だから、若者の両親が亡くなった日から、親友とは別に、一心に神に祈り続けていた。 ----彼を返してください。 ----彼の親友も死んでしまいました。 ----私達は何も悪いことをしていません。信仰心が足りないというのならば、毎日、お供え物をしてお祈りを続けます。だから、若者を返してください。  村人の間には、いつしか、若者は海の神様に魅入られてしまったという考えが根付きつつあった。だから、許嫁は神に祈り続けるしかなかった。若者をさらったというのならば、返してくださいと。食事もとらずに、ただ若者が帰ってくることを望み続けた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加