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パソコンのキーボードを器用に爪で叩きながら、トラ松先輩が僕に話し掛けてきた。
「元木君。今週末、また食事に行かないかい?」
「ええ、是非ご一緒させてください。でも、いつもご馳走になってるので、今度は僕に奢らせてくださいよ」
僕はデスクの上で書類の束をトントンと整えた。
「いやいや、気にしないでよ。僕が好きで誘ってるわけだし、またいつもの店だけどいいかな?」
「もちろんですよ」
いつもの店―――つまり、トラ松先輩のお気に入りの焼肉店だ。
カルビ、タン塩、ハラミなど、どれも安価なわりにボリュームがある。味もそこそこいい。 ただ、店の場所が駅から離れているので、多少の不便さは否めない。それでもトラ松先輩が足しげく通うのには、お気に入りの店ならではの、お気に入りのメニューがあるからだ。
トラ松先輩はそのメニューを思い返してか、猫が撫でられて気持ちがっているように、目を細めた。
「いやぁ、いまから週末が楽しみだなぁ~」
鋭い牙を剥き出しにしながら、大量の涎が口から溢れ出ていた。スーツがびちゃびちゃだ。 僕は胸元からハンカチを取り出し、トラ松先輩に渡すが、それでは拭い切れそうにない。
トラ松先輩は悪いね、洗って帰すよ、と言って僕のハンカチを懐にしまった。
涎まみれな上に、鋭い爪がハンカチに何度も刺さっていた。
果してあのハンカチは、僕の手元に戻ってくる時に、ハンカチとしての原形を留めているのだろうか。
まあ、お世話になっている先輩だ。ハンカチの一つ二つ駄目なったところで大したことはない。
とりあえず、次からは大きめのタオルを用意しておこう。
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