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初めて会った去年の夏、平原は笑っていた。俺と藤川の自然で天然な会話に腹を抱えて。そして漫才を見る時はそうしなければいけない、というルールがあるかのように、真顔で一切笑わなかった。
俺との付き合いが一年近くなった今現在、平原の無感情ぶりはより拍車が、かかった。平原は常に冷静で居なければ、と自分自身に強く課しているのだろう。でんでんむしの漫才の細部の更に奥まで見落とさない為に。平原の無感情、無感動、無表情は専属作家としての覚悟の現れ、俺と藤川への愛情だと俺は受け止めている。
そんな平原が、机を叩き、感情を剥き出しにしたのだ。俺は驚かずにはいられない。
俺と平原の間に沈黙が続く。俺は息苦しくなり、自分は知らぬ間に呼吸を止めていたのだと気づいた。
「東京に行った時に聞いた話や」
先に口を開いたのは平原だった。平原は冷静な口調に戻っている。
「ある芸人が、ファンの女に手を出して、そのまま、やり捨てしたんや」
「芸人がタレをかき捨てしたんか」
最近覚えた芸人用語を使いたくてしょうがない俺。ちなみに教えてくれたのは宮本兄さんだ。
「酷い話や。タレをかき捨てするなんて」
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