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「やり捨てされた女」
平原は俺に合わせてかき捨てと言うことなく、重々しい間を作り、続けた。
「路地裏で、その芸人が見てる前でガソリン頭からかぶってな」
「えっ!」と俺は驚愕の声が自然に出た。
「火だるまや」と言う平原の右目の淵がピクリと動く。
「マジで……」
俺はそう呟いた。それ以外、相応しい言葉が見つからなかった。
「火だるまになった女」
平原が言った。
「幸い命はとりとめた」
「あ、そうなん。それはそれは」
俺は発する言葉が纏まらないまま、言う。
「お悔やみ、いや、ごしゅうしょう」
「問題はな」
言葉迷子になった俺を助けるように平原が話を再開した。
「火だるまになった女を間近で見た芸人や。そんなショッキングなシーン見てもて、その後の人生、人を笑わすような事できると思うか。前田、おんなじ状況に合ったとして、お前は出来るか?」
俺は早い動作で首を横に振る。
平原が顎を浅く引き、言葉を続けた。
「暴走したファンなんちゅうのは、何するかわからん。こんな事例はごく稀なんやろうけど、いつでも気をつけとくに越したことはない。特に、男トイレで待ち伏せするような狂った女相手の場合は」
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